クリスマス・メッセージ: 子どもの国から抜け出そう (2010/12/23)

「システム輸出」戦略は成立できるか - 日本アラブ経済フォーラムに出席して (2010/12/15)

戦略シンドロームと改善病 (2010/10/24)

マネジメントのX理論とY理論 (2010/09/09)

技術力とは何か? (2010/08/17)

時計の針を進めておいてはいけない (2010/07/20)

安物買いの時間失い (2010/06/29)

日本メーカの生き残る途 - 元ソニー取締役・金辰吉氏の講演から (2010/05/23)

R先生との対話(つづき) - トラブルの根本原因をつかむ (2010/05/16)

R先生との対話 - トラブルから『学ぶ』とはどういうことか (2010/05/08)

わたしが新入社員の時に学んだこと (2010/05/01)

工場見学ほど面白いものはない - K歯車工業に学ぶ (2010/03/07)

JALに乗るおじさんの日記 - あるいは、サービスの質を考える (2010/02/27)

韓国・中国との競合を考える ~PMAJ新春セミナーの話題から (2010/02/03)

読者諸賢! これがマネージャーの仕事だ (2010/01/27)

時間の中に生きる(2010/01/03)

クリスマス・メッセージ: 子どもの国から抜け出そう (2010/12/23)

Merry Christmas !

生まれて初めて乗った飛行機は、旧ソ連のアエロフロートだった。大学を卒業し社会人になる直前の3月、いわゆる卒業旅行に出かけたのである。ドイツにいた知り合い(父の部下)のNさんを頼って、モスクワ経由でフランクフルトを訪れたのだ。Nさんは忙しいさ中にもかかわらず、わたしをいろいろな場所に案内してくれた。

その中で最初に印象に残ったのは、じつは鉄道の駅だった。フランクフルトの中央駅だった思うが、遠くからの列車が発着するホームが多数並んでいる。驚いたのは、改札も何も通らずに、いきなりホームの列車まで行けることだった。そもそもヨーロッパのこの種の駅は、改札が無いのだった。「切符は?」とNさんにたずねたら、「もちろん買って乗るのさ」と窓口の並びを指さしてくれた。

しかし改札がないんじゃ、すぐ隣の駅までの切符を買って遠くまで乗るインチキもできるじゃないですか。それどころか、切符を買わずに無銭乗車だって可能ですよ? --そんな疑問を口にした若いわたしに、Nさんは、その後ずっと忘れられぬ言葉で答えてくれた。「みんな、ちゃんと切符を買うんですよ。ここは、大人の社会なんだから。」

大人の社会。だとすると、自分が生まれ育った国は、大人の社会じゃなかったんだろうか。ならば、子供の国だとでも言うのか。あまり欧米崇拝趣味のないわたしには、なんだか癪にさわった。だが、そもそも『大人』って何だろう? そういう疑問は日本に戻っても頭の中で渦巻いた。

ちなみに、欧州の列車だって、車内での検札はある。検札で正規の切符を持っていない事が分かると、かなり高額の罰金を科せられる。また、地下鉄や郊外電車などは自動改札システムを持つ路線も多い。そういう点で、不正を防ぐ仕組みはちゃんとある。ただ、メインの部分が、利用者への『信用』の上に成り立っているのだった。

大人って何だろう? どうすれば大人になれるのだろう。その問題はずっとわたしの頭を悩ませた。自分は大人といえるだろうか? 他人から、いや自分自身からも信用しうるだろうか。年齢だけは重ねても、仕事や私生活で、自分の未熟さ幼稚さのため幾度も苦い思いをし、大人であると言い切るだけの自信は、なかなか生まれなかった。そんなある時、大ベテランのプロジェクト・マネージャーと話していたら、

子どもは、自分のしたいことをする。大人は、自分のすべきことをする。

という定義を教えてくれた。この言葉はなぜか、すとんと腑に落ちた。たしかに、自分の願望や欲にばかり動かされる者は、子どもと言えるかもしれない。

睡眠や食欲といった生理的次元からはじまって、娯楽の次元、そして競争に勝ちたい、出世したい、お金持ちになりたい、といった社会的次元まで、欲求の姿は多種多様だ。だが、そうした願望に突き動かされて騒々しく行動する人々を見ると、なんだか自身の欲の奴隷と化しているようにも感じられる。大人というのは、だとすると、自分の欲求を時に応じて抑えたりセーブしたりできる人かもしれないと思った。

でも、「すべきこと」って何だ? 仕事や家庭や社会の最低限の義務だけでは、大人であるには足りないようだ。普通の人はたいてい、それを果たしているし。「したいこと」は自分の中にいくらでもあるが、「すべきこと」は自分の中だけをいくらほじくっても、必ずしも見つからないのである。なぜなら、それは、他者の期待の中にあるからだ。

わたし達は、お互いに対して、何を期待するのか。「プロジェクトのマネジメントとは、すなわち期待のマネジメントだ。チーム員の、ステークホルダーの、そして自分自身の期待を、どう形にして、どう方向付けるか。それが仕事の成否を決める」と、くだんの大ベテランは物静かに教えてくれた。期待のベクトルを合わせると、おのずから「すべきこと」が見えてくる。方向がばらばらだと、組織のエントロピーばかり高くなって、すべきことが見えなくなるらしい。

わたし達の社会は、1990年頃を境に、見えない大きな変化を迎えた。そのことがこの国を、バブルの有頂天から失望の20年間に突き落としてしまった。その変化とは、第一に人口と学歴と組織階層のピラミッドの相似形が崩れたこと、第二に経済の力関係が供給側から需要側へとシフトしたことである、とわたしは考えている(「考えるヒント」の『組織のピラミッドはなぜ崩壊したか』『見えないパワーシフト - 生産から販売へ』参照のこと)。しかし、それだけではない。もっと重要なこと、わたし達の心性のレベルで大きな変化があったはずである。それでなければ、社会がこれほどまでに回復力の弾性を失うだろうか。では、その変化とは何か。最近、サイトの読者の方から「静寂の価値」というエントリに関連して、なぜ社会がかくもにぎやかで騒がしいのかとの質問を受けて、ようやく気づいた点がある。

高度成長期以降、わたし達の社会は大量生産・大量消費で成り立ってきた。そこでは、人は次々と欲望を持って消費してもらわねばならない。そのために広告や宣伝といった手段で、あらゆる媒体を使って、人々を刺激し続けている。20世紀後半にTVや映画やネットが発達し、普及した背景にも、広告宣伝が大きな役割を果たしてきた。これが興奮性の情報を湯水のごとく人々に浴びせ続け、「にぎわい」を演出し続ける、主導因だと思われる。

言いかえるなら人々を、欲望に動かされてだだをこね、何でも人と一緒になりたい「子ども」状態にとどめるために、現代は努力を払っている訳である。発達した工業化社会はどこも必然的に、「子どもの国」に向かうドライブがかかっている。そして、日本は、それがとても成功したのである。欧州社会だって事情は似ているはずだが、あいにくあそこは「大人」であることが大事とされる(少なくとも「大人」であることが無理にでも求められる)場所である。時に不便で、時に嫌みで、しばしば息苦しい社会ではあるが、それが彼らの特質を少しは守っているのだろう。

わたしの知っている優秀なマネージャーは、たいてい物静かである。あまり騒々しい人には、プロマネはつとまらないようだ。大人の特性の一つは、落ち着きがあることだからだ。よくできた仕組みは静かにスムーズに動く。創造性は、にぎわいだけでなく、孤独で集中できる時間を必要する。こうしたことを認めて、また耐えられる人を「大人」と呼ぶのだと思う。

年の瀬のひととき、家族や親しい人と一緒に、争いや喧噪をはなれて静かに過ごすべき、平和の季節がまたやってきた。いつでも騒ぐのは、子どもである。大人は静かだ。私たちの社会は、大人であろうと意思する人が足りないのだろう。少子化問題ではなく、「大人不足問題」こそ、私たちの真の問題なのかもしれない。

「システム輸出」戦略は成立できるか - 日本アラブ経済フォーラムに出席して (2010/12/15)

チュニジアで開催された「第二回 日本アラブ経済フォーラム」という国際会議に参加してきた。日本からは官民あわせて約400名が出席したようだ。アラブ各国からの出席者はそれを上回るだろう。

チュニジアは地中海に面した、北アフリカの小国である。両隣にはリビアとアルジェリアという産油国があるが、自国はあまり天然資源に恵まれていないため、教育、商業、観光に力を入れている。人口約1千万人のほとんどがアラブ系でアラブ連盟に属し、公用語はアラビア語。ただし仏の植民地だった影響でフランス語は広く通用するし、英語もちゃんと通じる。首都チュニスの12月の気候はやや肌寒く、アフリカと言えばどこも暑い、というステロタイプの思い込みは、空港に降り立ったとたんに間違いだと思い知らされる。

「日ア経済フォーラム」は、昨年(開催地:東京)に引き続き、第2回目である。閣僚級が集まるオープニング・セッションにはじまり、「エネルギーと環境」「人材育成」「観光と投資」などの全体セッションと続き、クロージング・セッションで終わる。また途中に分科会として、「太陽エネルギー」「水」「原子力」「インフラ」「アラブにおけるビジネス」「IT、ハイテク、衛星」のWorkshopがはさまる。わたしは「インフラ」の分科会で、"Project and Program Management"と題する短い講演発表を行った。

ところで、上記各セッションの中に、「石油」が無いことにお気づきだろうか? アラブといえば石油、というのが日本における共通理解(=固定観念)だろう。だがアラブ世界の国々は、4種類に大別できる。産油国と、そうでない国。そして、中東と、北アフリカである。共通点はアラブ民族とアラビア語、そしてイスラム教だが、全部を一緒くたに考えることはできない。とはいえ、人口は合計3億人以上、人口増加率も経済成長率もそれなりに高く、中国・インドに次ぐポテンシャルを持っている地域だと言えよう。

日本からは、外務大臣と経済産業大臣の二人の閣僚が出席した。それなりの力の入れようがわかる。ところで、フォーラム終了後にネットで日本のニュースを検索したところ、「外相、経済外交を陣頭指揮」といった見出しが出てきて、思わず笑ってしまった。これは、現場を見ていない記者による、あおり記事にちがいない。なぜなら、このフォーラムを全面的に仕切っていたのは経済産業省だからだ。

わたしも今回初めて知ったのだが、日本には「中東調査会」と「中東協力センター」という、ちょっと見よく似た組織が二つある。前者は外務省の、後者は経産省の外郭団体である。そして、今回のフォーラムで会場のセッティングから送迎の手配まで、ロジスティック関連の雑務を一手に引き受けていたのは中東協力センターの方だった。セッションの企画や調整は経産省から官僚が大勢出張してきて切り回している。え? 外交って外務省の仕事じゃなかったの? というのが、諸般の事情に疎いわたしのような会社員の、率直な感想だった。

両大臣のスピーチも対照的だった。外相のスピーチは、経済協力から中東平和への言及まで含んだ、しっかりした内容だ。ただし、本人は用意された原稿を読んでいくだけ、というもの(原稿は官僚の作成だろう)。もっとも外相は北米、インドネシア、チュニジア、そしてアルジェリアと連続して世界を飛び回っており、超多忙な仕事ぶりであるのは確かだ。一方、元技術者だという経産相は、正直あまり立派な文章とは感じなかったが、とにかく自分で考え感じたことを話していた。

その経産相のスピーチの骨子が、じつは日本の「新経済成長戦略」と「産業構造ビジョン2010」なのである。あなたは日本政府(経済産業省)が最近、日本の経済まき直しのための戦略を立てたことをご存じだろうか? その上で、今年『戦略五分野の強化』という政策を打ち出した。それは、次のような5点からなっている:

  • インフラ関連/システム輸出(原子力、水、鉄道等)
  • 環境・エネルギー課題解決産業(スマートグリッド、次世代自動車等)
  • 文化産業(ファッション、コンテンツ、食、観光等)
  • 医療・介護・健康・子育てサービス
  • 先端分野(ロボット、宇宙等)

とくに海外については、最初のインフラ関連『システム輸出』という新しい用語に注目して欲しい。これは、従来の日本の輸出が、自動車一辺倒、あるいはもう少し広く、単品としての「製品輸出」一辺倒だったことへの反省から出た言葉である。アジアや新興国のニーズは、工業化・都市化に伴う社会インフラの整備だ。それらは、鉄道であれ水道であれ発電であれ、マスタープランにしたがって構築・統合されるべき「システム」である。ところが、これらシステム全体の青写真を描き、実現にむけてリードしているのは欧米諸企業である。日本が車両や水処理装置やタービンなど個別の製品をいくら輸出してみても、それはいわば「部品メーカー」でしかない。当然、南欧や韓国メーカーとの価格競争に巻き込まれよう。部品メーカーがちっとも儲からないのは、日本国内を振り返ってみても明らかである。

「いや、うちの最新式水処理装置はそれ自体が高度な制御機能を持つシステムです。」などと主張しても、それは意味がちがう。地域の給水系ネットワークという、より大きな絵の中では、それは点に過ぎないからだ。途上国の政策をリードし、プランを牛耳っている者がどこか他にいる限り、日本企業は下請けの地位に甘んじなければいけないのである。

それでは、マスタープラン作りから全体の具現化までの、トータルな実行のためには何が必要か。それが「プログラム・マネジメント」の能力である、というのがわたしの発表の趣旨だ。プログラムとは、互いに関連し協調して遂行される複数プロジェクトのまとまりのことである。意味のあるプロジェクトを発進させ、また途中で価値を失ったプロジェクトは中断撤退させる。これは個別PMではなく、プログラム・マネジメントの仕事である。自分でここを押さえないと、あなた方は欧米に振り回されますよ、それでいいんですか? とアラブの人たちに訴えたわけだ。どれだけ相手に通じたかは分からないけれども、アラブ諸国は欧米の植民地として苦い目に遭っているから、その点だけは日本に親近感を持ってくれるだろう。

それにしても、このような国際会議の成功・不成功は何をもって測るのだろうか? 事情通によると、3点あるらしい。(1)参加者の人数、(2)成果としてのアウトプットがあること、そして(3)継続しうること、である。まず参加者の人数については、合計1,000人近い参加があったから、合格だろう。アウトプットとしては、「チュニス宣言」という文書が挙げられる。この中で日本とアラブ各国は、具体的な協力分野と方法について記している(ちなみに協力分野のトップはインフラである)。継続についても、第3回を2012年に日本で行うことが合意された。

だから大成功だった、と主催者は結論したいだろう。わたしもとくに異議はない。しかし、各セッションが対話としてかみ合っていたかというと、疑問に感じた瞬間もないではなかった。その理由は、日本側の意識にあると思える。’80年代・90年代の日本の輸出は「売ってあげる」だった(とくに途上国に対しては)。ところが2000年代に入ってからは「買って下さい」の立場に、力関係が逆転している。ちょうど、国内での生産形態が見込生産から受注生産に変化したように。だが、日本の大企業や年配者達は、まだこの変化に気づいていない人が少なくないようだ。今回のフォーラムは、そうした気づきを促した点に、最大の意義があったのではないかと思うのである。


戦略シンドロームと改善病 (2010/10/24)

もう何年も前になるが、「生産革新フォーラム」で診断士仲間と長野まで工場見学に行ったことがある。自動車関係の電装部品を作っている会社だった。そこではトヨタ系の指導を受けてジャスト・イン・タイム生産を心がけ、さまざまのカイゼンと工夫を製造現場でしていた。U字型レイアウトのセル生産ラインでは、女性工員が混流・一個流しの部品をてきぱきさばいていて、手際の良さに驚かされるとともに、歩幅や部品を取る手の位置まで最適化した機械配置に感心した。

その会社では、納入先からの指図はカンバンで受け取り、そして部品購入先への指示もまたカンバンで行う。工場ではカンバンを受け取ったら、それを指示棚に「差立て」する。棚は時間帯別になっていて、職長が順番にそれを実行していく。このとき、あえて同種の部品のカンバンは時間帯をばらして置いていく。4枚あったら、9時・11時・14時・16時、という風に置くのである。トヨタ生産方式の基本である『平準化』のためだ。各現場もシングル段取りを徹底しており、異なる種類の部品が来てもすぐに対応できるようになっている。「ウチの会社には、スケジューリングをして“自分は仕事をしました”などと勘違いする人間はいません!」と、現場の責任者は胸を張った。スケジューリングなどという間接作業を無用にすること。それが目標とする姿なのだ。

感心する気持ちで帰路についたが、帰る列車の中で診断士仲間と議論になった。実は、その会社は2年続けて赤字だったのだ。それを私は調べずに、知らぬままうっかり見学に来てしまった。工場を見学する前に、その企業の業態・概要を知り、財務諸表をあらかじめ調べるのは、中小企業診断士としてある意味、基本である。それを怠っていたわけだ。仲間の議論は当然ながら、「なぜこの会社は赤字なのか」であった。資産を売却し、希望退職まで募って、それでも損益計算書は好転していなかった。

発注元からの単価切り下げがきつすぎるのか、製品開発に遅れたのか、間接部門が多すぎるのか、はたまた本業以外で失敗したのか--議論は尽きなかった。いずれにせよ、経営上の戦略に問題があったこと間違いない。「現場改善だけでは、戦略の間違いを修正できない」、そんな意見の声が強かった。こうした事情は、現場の壁に掛かった種々の改善スローガンだけ見ていても、分からないのだった。

その時わたしはふと、自分がずっと以前、東京駅で見た光景を思い出していた。’90年代の前半だったろうか、まだバブル経済の余熱が世の中に少しは漂っていた時代だ。東京駅丸の内出口の近くに、小さな書店があった。まだ駆け出しだったわたしは、その書店に立ち寄ろうとして、入口近くで老人とビジネスマンが会話しているのを耳にした。人の良さそうな老人は、田舎から出てきた風情だった。一方、相手は30代半ば過ぎだろうか、小太りだが紺色のスーツを着て、いかにも丸の内のビジネスマンらしかった。

その老人は、書店でなにか通好みの時代小説のような本を探したかったらしい。だが、あいにく見つからなかった。そんな本がありそうな書店ではないのは、わたしにも分かった。そのビジネスマンは老人に向かって、「そんな本はこの本屋にはありませんよ。」と言っていたのだ。さらに彼は、奇妙に甲高い声で、追加説明した。「もし私がこの書店の経営者なら、そんな戦略は立てませんよ。ここはビジネス街だから、企業人向けの本を集中して置く戦略を立てます。そして、とくに・・・」説明を受けていた老人は、すまなそうに、でもありがた迷惑な顔つきで、そのご高説を拝聴している風だった。

バブル時代の東京のビジネスマンやOLは、滑稽だった。わたしも似たようなものだったから、良く覚えている。ただ、見知らぬ老人に向かって、本屋の店頭で声高に『戦略』を語る姿は、あまりに奇妙だったので印象に強く残った。たかだか本屋の仕入れについて、なぜこの人は、戦略論のイロハみたいな事を叫んでいるのだろうか。会社で自分の優秀さをアピールし損なったのだろうか。あるいは今朝出がけに奥さんと喧嘩でもしたのだろうか。わたしはその『戦略』という言葉にまつわる滑稽さを、つくづく感じた。

というのも、その少し前、わたしは新規事業の展開に関するメモを書いて上司に提出したところだったからだ。その上司は、新入社員のわたしに仕事を教えてくれた厳しい人だった(「わたしが新入社員の時に学んだこと」参照)。わたしの企画書を見て、上司は「“戦略”なんて言葉は大げさだから、全部取れ。かわりに、必要な箇所だけ、事業展開の“シナリオ”と書け」と言われたのだった。(素人ほど戦略を語りたがり、プランに酔う)と、その目は語っていた。わたしは少し不満だった。しかし、本屋の店頭でのやりとりを聞いた後は、もう戦略という言葉を一切使わなくなった。たしかに、大げさなのだ。

バブル時代は、『戦略』という言葉もバブル現象を起こした時代だった。あちこちの会議室や喫茶店やバーで皆が戦略を語った。戦略の名の下に海外の不動産やら企業やらを買収しまくった時期だ。たかだか買い物の、どこが戦略なのか。金額が大きくなっただけで、なぜ戦略と言えるのか。それだったら主婦だって八百屋で大根購入の戦略があることになる。戦略と言うからには、買ったものを活かして使い切ることを言うべきではないのか。

そもそも戦略とは、戦争の用語である。戦争用語を平気でビジネスで使うようになったのは、古いことではあるまい。例によって米国で、’60年代にアンゾフが戦略論を語り始めたのを嚆矢とし、とくに’85年のポーターの「競争優位の戦略」で火がついた。だがポーターは差別化戦略等、その具体的内容については記したが、そもそも“戦略とは何か”については定義しなかった。実際問題、戦略の定義はかなりいろいろあって(たとえばWikipediaを見よ)、理解しようと思っても頭がくらくらしてくる。

にもかかわらず、わたしにも解ったことが一つだけある。それは、「すべての局面で同じように勝とうと努力するのは、戦略が無い状態である」ということだ。戦略がある人の行動は、必ず、一見損をするように見える部分がある。最初は損をするように見えて先々で得を取るとか、ある方向は捨てて別の得意とする方向だけに集中するとか、どこか深い考えを感じさせるのである。個別の勝敗で、一喜一憂したりしない。無論、結果が当たるかどうかは、その人の戦略実行力と、状況の偶然的な巡り合わせによる。損だけして得が取れないリスクもある。つまり、戦略というのは一種の賭けなのだ。

経営戦略というのは、企業におけるハイレベルな賭けであり、そこには勝機に関する仮説がある。その仮説を、組織構成員の皆が共有しているかどうかが鍵である。一貫性のある、まともな組織はそれができる。普通の組織では、それができない。部門単位で、あるいは個人個人で、ばらばらな仮説の元に行動してしまう。その結果、エントロピーばかりが大きくなって、方向性のある仕事ができない。

では改善とは何か? 御本家トヨタの人に聞いてみればわかるが、カイゼンというのは会社に「方針管理」というものがあって、初めて機能するのである。方針がないのに、カイゼンはない。なぜなら、どちらの方向に走ればいいのか判らない時には、進歩も改善も測りようがないからである。その「方針」とはつまり、ハイレベルな戦略に他ならない。そしてカイゼンは、方針実行における問題解決の手法なのである。

というわけで、話は主題に戻る。改善では戦略の間違いを修正できない。まして戦略の不在を補うこともできない。もちろん、改善なしには戦略の実行もおぼつくまい。

にもかかわらず、私たちの社会では、戦略と改善の両者は、統合されずにバラバラの状態にある。本社の企画マン達は戦略ばかりを論じ、現場の作業者達は改善ばかりを実施する。本社と現場の距離は開くばかりである。御本家トヨタでさえ、「作りすぎのムダ」は現場ポスターにいやというほど書いてあるのに、米国に無駄な工場を作りすぎて、リーマンショックで惨めな転落を味わった。戦略ばかりが肥大化しすぎていたらしい。

物事をマクロな視点とミクロな視点で両方見るのは、かくも難しい。だからといって、両者が離ればなれで良いはずはない。戦略ばかり語って実行できぬ「戦略シンドローム」、そして改善ばかり熱中してマクロを見ぬ「改善病」は、私たちの社会の業病だ。ミクロからマクロまで自在にスケールアップできる視座の能力、これこそが今、最も求められているものなのである。


マネジメントのX理論とY理論 (2010/09/09)

イギリスから来た同僚たちと飲んでいたら、たまたまスポーツの話になった。「スポーツには階級がある」と彼らの一人はいう。「たとえば、ホッケーはミドル・クラスのスポーツだ。」と彼は続ける(英国の話なのでアイスホッケーではなくて、グラウンド・ホッケーである)。「なぜならば、ホッケーは長くて硬いスティックを使う。こんなものをローアー・クラスの連中に持たせたら、殴り合って大変な騒ぎになる。」

無論、ジョークである。しかし、“イギリスにはClass systemがある”という彼の発言は、本当だろう。階級制度は緩んだとはいえ、まだ厳然とそこにある。欧州は、多かれ少なかれ、似た状況だ。

それで思いだしたのは「きかんしゃトーマス」の、シーンだった。子供が小さかった頃、このTV番組を一緒によく見た。イギリス製の人形アニメで、蒸気機関車のトーマスが主人公になっている。ある回では、機関車仲間のジェームズが、たくさんの貨車を引いて下り坂で脱線し、ひどい目に遭う。貨車達がおもしろ半分に押したり引いたりして騒いだからだ。この番組では、貨車達は常にガラがわるく、自分勝手で、真面目に働こうという気などさらさらない。それを機関車が何とか束ねて、仕事を仕上げるのだ。

「きかんしゃトーマス」を見ていて、つくづく階級制度の見方を思い知らされた。物語の世界には、一番上にトップハムハット卿という鉄道の経営者がいて、その下に真面目な機関車たちがおり、彼らはトーマスといった名前で呼ばれている。そして一番下には、不真面目な大勢の貨車達がおり、彼らは名前もない『その他大勢』である。これはちょうど、英国におけるアッパー、ミドル、ローアーの階級に対応しているらしい。そして、観客である私は、主人公の機関車たちに感情移入する(それは何も、「機関車」Engineが、自分の職業であるEngineerと近親の言葉だから、という訳ばかりではない)。ミドルの使命は、経営者の指示に従って、不埒な労働者をたばねることにある。だが、どのようにしてか?

近代的なマネジメントというのは、イギリス人の発明である。彼らは産業革命と帝国時代をリードし続けて、巨大な軍事力と政治力を維持し続けた。もっともその最盛期は第1次大戦までで、その跡目はアメリカが受け継ぐこととなった。そして20世紀を通して、マネジメントの思想に最も影響力を持ったのはアメリカの経営学であった。

その米国経営学は、今からちょうど100年前、テイラーの科学的管理法にはじまった。テイラーは、肉体労働者の作業をストップウォッチで分析し、どのような動作と休憩の組合せが最も生産性を上げるかを研究した。ところが、’30年代の前後から、経営学の風向きが変わる。テイラー流の客観主義から、「モチベーション論」を中心とした主観主義に移っていくのである。

その中心的役割を果たした一人が、D・マグレガーであった。彼は1960年に有名な「X理論とY理論」のモデルを提唱する。

X理論とは何か。それは、「人間は本来怠け者である」という考え方から生まれる経営理論である。平均的な人間は、無責任で、命令されることを好む、とする。そこから、人をマネジメントするためには法とルール、命令と懲罰が必要だ、との発想が出てくる。「きかんしゃトーマス」たちが、貨車に対して感じたことがこれである。そして、法とルールとは、被雇用者各人に対して、業務の責任範囲を明確化し明文化し、雇用契約書で縛ることにつながっていく。職務記述書も、この流れから生まれる。

それに対して、Y理論とは、「人間は仕事を通じた目標達成や自己実現の欲求をも持っている存在である」と考える。そこから、個人の欲求や目標を企業目標に合致させるような目標管理・自己管理の手法が生まれる。また、個人の創造性や工夫を、誰もが活かせる環境を作るべきだ、との方針が出てくる。「現代企業では、従業員の知的能力はほんの一部しか生かされていない。」とマグレガーは書く。彼の主著のタイトルが『企業の人間的側面』であったことは象徴的だ。

X理論からY理論へのシフトを主張したマグレガーの思想は、著名な経営コンサルタント、トム・ピーターズなどにも影響を及ぼしているといわれる。しかし、’70年代ごろから次第に、米国の経営学は客観主義へと揺り戻しが起きてくる。そして、ポートフォリオ理論やオプション価格理論など、ミクロ経済学からの流入が強まっていく。「金融工学」の誕生である。その中で、マグレガーのY理論は次第に忘れられていく。従業員は次第に、いつでも好きなときに交換可能な、お金で買える部品のように扱われるようになっていった。

米国の経営学の思潮がこのように主観と客観の間を行きつ戻りつしている背景には、米国の産業の発展形態もあるのだろう。つまり、20世紀初頭の「モノがお金を生む」時代があり、そこから「人がお金を生む」時代に移る。しかし、やがて「お金がお金を生む」金融資本主義に推移していったのだ。それに応じるように、経営学の主たる対象も変わってきたのだろう。ただし、これまでの経緯を見ていると、一世代30年強を単位に変化してきたから、そろそろまた次の世代にうつるときなのかもしれない。

いずれにせよ、もともと英国でX理論的マネジメントが幅をきかせてきた理由は、おそらく階級制度にあった。労働者階級に生まれついた人間は、滅多にそこから這い上がれない。したがって、働くことに意欲も持ち得ない。モラルも高くならない。だから規則と懲罰で縛るという発想である。また、米国では、(前にも書いたように)奴隷労働によるプランテーション経営の遺風が、いまだかすかに漂っている。人種を分断する壁があり、おまけに社会的流動性も高い。こうしたことが、X理論的なマネジメントを助長させていったのだと思われる。

それでは、私たちの社会はどうなのか。過去20年近い不況の間に、マネジメントの思考はX理論にどんどん接近していった。しかし日本には、英米のような階級制度や人種構造があったのか? 否である。それならば、なぜ英米のマネジメント流儀だけを今さら真似るのか? 歴史を見ないで思考だけを真似る習慣、土壌を見ないで果実だけを輸入する風習からは、もう卒業していい時ではないだろうか。

技術力とは何か? (2010/08/17)

「おーい、この間買ってきた鷹の爪、こっちの入れ物かい?」
「そうよ。あ、それ結構辛いから気をつけて!」
「わかった。・・あれ、でも丸ごと1本入れても、ちっとも辛くならないよ。どうしてかな。」
「あ、たいていのはあんまり辛くないの。でも、たまに、とびきり辛いのが混じってるのよ。」
「そ、それじゃ“結構辛い”ことにはならないじゃない。」
「でも、ときどき、ほんとにとびきり辛いんだから!」・・・

たまに「とびきり辛い」のと、たいていが「まあ辛い」のと、どちらが本当に『辛い』唐辛子だと言えるだろうか?

別の話題。今度はコーヒーの話である。私がかつてフランス企業に駐在して仕事をしていたことは前にも書いたと思う。その会社は立派なキャンティーンを持っていて、みな昼食はそこに食べに行く。さらに食堂の外には、コーヒーを飲んでおしゃべりするためのたまり場がある。そこも会社経営で、とても安くエスプレッソが飲める。フランスの常として、単純作業はたいてい有色人種の労働者がやっているわけで、そのカフェでエスプレッソをいれるのも、二人の黒人のおばさんが交替でやっていた。

ところが同僚のH君がある日、不思議なことに気がついた。同じコーヒーなのに、片方のおばさんがいれた方が、もう一人のおばさんよりも美味しいというのだ。そういわれて注意して飲んでみると、たしかに太めのおばさんのコーヒーの方が、やせたおばさんより美味しい。これはとても奇妙なことだった。なぜなら、二人は同じエスプレッソ・マシーンでいれているからだ。コーヒーの粉だって、同じ仕入れに決まっている。あとは小さな容器に粉を入れて蒸気の出口にセットし、それをデミタスカップで受けるだけである。どこにも技量や個人差が入り込むすき間はなさそうに思える。なのに確実に味が違うのだ。

後日この話を、ある光学機械メーカーのOBの方にしたところ、「いや、自動化された機械でも、オペレータによって出来上がりの品質が違うことはしばしば起きる」と教えられた。樹脂材料を箱形装置にいれて加熱変成するだけの自動化工程であっても、その時の材料の性状、その日の気温や湿度、そして昇温時間や加圧時間等々、微妙なセッティングによって結果の品質が変わってくると言う。そして、熟練したオペレータは、その結果にばらつきがなく安定しているのだ。「すごいんですね。」と私が感心すると、その方は「工場にいるベテランのレンズ職人になると、球面を手で撫でただけで、ミクロン単位の歪みを言い当てますよ」と答えた。

『技術』という言葉を使うとき、世間の人は、このようなミクロン単位を手で感知するプロの職人芸を連想するか、または、高度に先端的な自動化マシンのようなものを想起するらしい。ある人が、トヨタの人に向かって、「きっと御社ではすごいプロの職人さんが大勢いらっしゃるんでしょうねえ。」とたずねた。聞いた方はごく無邪気に質問したのだろう。しかし、自動車会社の人の答えは「NO」だった。「個人的な技能に頼るような工程は設計しません」というのが回答なのだ。

技術』と『技能』という言葉は、ときに混同して使われるが、別の概念である。技能は人に属する。手でミクロン単位を感じ取る職人芸は、技能である。技能は、適性と、長年の修練によって身につけられる。技能は、簡単に人に渡したり譲ったりすることができない。だから、ベテランの技能に頼る工程は、そのベテラン職人が何かの都合でいなくなったりすると、とたんに機能しなくなる。

他方、技術とは、その成果を万人に移転可能なものである。属人的な技能に頼らず、誰がやっても均質な結果を得られるようにする方法、それを技術と呼ぶ。文字を美しく書くのは技能である。一方、活字を乗せたタイプライターの発明は、技術である。それによって誰もが、均質な、非個性的な、美しい文字を打つことができるようになる。

無論、タイプライターでも、打つ人によってスピードも違うし、字の濃さの均質性も異なる。自動化された技術の道具を使うにあたっても、そこには多少の技能が左右する要素があるのだ。ちょうど食堂のエスプレッソ・マシーンのように。しかし、技術はなるべくそのような技能の左右する領域を減らすように、進展していく。技術は、誰もが達成できる、均質性を追求する。技術は文明の申し子だからだ。たまに「とびきり辛い」のではなく、どれもが「それなりに辛い」が目標なのである。

ときどき、メディアや官庁などが技術政策を語るとき、この点を誤解しているのではないかと感じるときがある。彼らは「先端技術」と言ったワーディングが、とても好きだ。その方が新鮮でかっこよく、ニュースバリューもある。ニュースバリューとはすなわち特異性、珍しさを意味する。

だが、技術に関する判断基準は、技術全体にも適用される。ある組織や社会に「技術力がある」とは、たまに「とびきり先端的」ではなく、だれもが「それなりに技術を持つ」ことを指すのだ。建物の塔の高さではなく、建物全体のボリュームと安定性。そこを見なければならない。一握りの突飛な天才ではなく、大勢の技術者の百花繚乱の豊かさ、多様性。そこから生まれる、組合せの創造性--こうしたことこそ、技術力の母体である。技術力とは個人ではなく、組織の能力なのだ。

世間で時折提案される、特殊な理系エリート教育のような仕組みに、わたしが批判的なのもこのためである。欧米やら、あるいは韓国やらで、そうした仕掛けが役に立つように見えることもあるのだろう。だが、たまに「とびきり優秀」な人間を作るために、ボリュームゾーンに属するほとんどの学生を疎外していって、良い結果が得られるようにはわたしは思えない。すでに、この国の教育制度は、「それなりのレベル」をだれもが達成することに失敗しつつあるではないか。大学生レベルが降下中なのに、企業だけレベルが上がる訳がない。『技術立国ニッポン』の将来を明るいものにするために、もう一度考え直すべき時であろう。

時計の針を進めておいてはいけない (2010/07/20)

あるとき、ビジネス雑誌の編集者の方に、「スキマ時間の活用法」というテーマでインタビューを受けた。日常生活や仕事の上で、10分とか20分、ふと時間ができてしまうことがある。電車での移動時に乗り換え待ちになるとか、アポイント先を訪問したら、思ったより早く終わってしまって、次の予定まで空きが出てしまうときなどである。こうした余裕時間をどう活用するべきか、時間管理術の観点から伺いたい、という質問であった。たとえば外国語の単語学習に充てるとか、メールをチェックするとか、次の訪問先の株価動向をネットで調べるとか、そんな感じの答えを期待されていたようだ。

私は、自分であらかじめ確保した集中できる時間と、外部からイベント・ドリブン的に与えられる時間では、その「質」が違うことを説明し、また自分だったらまずTo Doリストの見直し時間に充てるだろう、と答えた上で、逆に問い返した。「あなたは、本当にそんな小さなスキマまで埋めつくすような時間管理をしたいですか?」

その編集者は笑って、ノーですね、と言われた。実際そこまで几帳面に、あるいは追い立てられるようにして、時間を無駄なく使いたいものなのか、自分でも本音では分からない、とのことなのだ(でも、多分こうしたニッチ時間のマネジメントみたいな記事は読者の興味を少しは引くだろうと想定されたのだろう)。

聞いていて、つい、時計の針を5分か10分、進めておく習慣のことを連想した。腕時計や、家庭の居間の時計の針を、余裕を持つためにちょっとだけ進めておく人は、しばしばいる。だが、私はこのような「時間管理」の習慣には賛成しないし、本にもそう書いた。

時計を進めておいてはいけない、という主張は、もともと父の教えだった。時計は時間を計測する計器である。「計器はつねに正確でなくてはいけない」というのが、技術屋だった父の思想であった。体温計を考えてみろ。体温計は正確でなくてはならない。それを、健康のためと称して、体温計が0.5℃くらい高めに表示するよう設定する奴がいたら愚かだ。これが根本にあった考え方だった。

余裕時間のことを、スケジューリング理論ではフロート、ないしバッファーと呼ぶ。もともとフロートとは、あるタスク(アクティビティ)の、期限日までの差を指す。期限までの日数が日で、タスクの作業所要日数が日であるとき、フロート=N-mで表される。フロートは大きければ大きいほど着手の余裕がある(着手日の「自由度」が大きい、という)。フロートがゼロの場合は、本日すぐに着手しなければ間に合わない。

フロートは未知の変動要因(リスク事象)に対応できる能力を確保しておくために必要とされる。私たちは先のことを完全に見通すことはできない。外部から急な飛び込みがあるかも知れないし、自分の側で急に不都合ややり直しが生じるかも知れない。こうした要因のために、現実は計画からしばしばずれていく。それでも、フロート(余裕日数)を持っていれば、こうした変動要因に対応することができるのである。

そして、スケジューリング理論の成果の一つは、フロート日数には加法性が効かない、という法則の発見である。フロートは、まとめて確保した方が、小さく分割して取っておくよりも有効なのである。1日分のフロートを確保いる状態は、2時間分のフロートを12個ばらばらに持っているよりも、ずっと計画からの変動に耐えうるのである。この理由を説明するには多少の数学的知識がいるが、分散には加法性が成り立つが標準偏差は1/2乗則が効いてくる、と言えば少しは想像がつくだろうか。細切れにしたフロートは役に立たない、と言いかえてもいい。それゆえ、フロートをどこにどう配置しておくのが良いのか、という議論が出てくる(これをバッファー・マネジメントとも呼ぶ)。

そして、だからこそ私は、時計の針を進めて5分や10分と言った小さな余裕時間をちょこちょことる習慣に賛同できないのである。それよりもあらかじめきちんと時間の使い方を計画しておき、その中にまとまった「使途未定のバッファー時間」を取っておく方が、ずっと有効である。

そこで、スキマ時間の活用の話に戻る。--本当にスキマを埋め尽くしたいですか? とたずねられて、答えに逡巡する人は、たぶん時間管理というものを誤解しているのである。時間管理の目的は、時間に吝嗇になることではない。5分、10分といった時間を節約して、いったい何に活かすのか? インドの文人(ガンジーだったかも知れない)がイギリスの学校を訪問していた時、校長室に「たった今、100m走で従来記録を0.1秒縮める新記録が出ました!」と興奮した知らせが飛びこんできた。するとインド人は「その節約した0.1秒を、その学生さんは何に使うんですか?」とたずねた、という。それと同じことだ。

時間管理の目的は何か。それは、考える時間を作ることなのである。追われている毎日の中では確保しがたい、落ち着いて考える時間を作ること。言いかえれば、傍目には、「何もしていない時間」とみえる時間を作ること。私たちには、じっくり考えたいことがいろいろあるのだ。新製品のアイデアかも知れないし、ビジネスの行く末かも知れないし、あるいは自分自身の身の振り方かも知れない。だからもし、「使途未定の時間」を幸運にも使わずにすんで、まとまった時間が残ったら、それは是非、考えることに使いたいのだ。そして人間が考え事に集中するためには、最低15分くらいは要る。そのためには、5分や10分の細切れでは足りないのである。

安物買いの時間失い (2010/06/29)

QCDは製造業の基本的目標だと言われている。いうまでもなく、Qaulity(品質)、 Cost(コスト)、Delivery(納期)の3つの尺度の頭文字である。高品質で低価格、かつ短納期な製品作りが、製造業の主要目標とされることに異論のある人は少ないと思われる。ちなみにプロジェクト・マネジメントの分野では、Quality-Cost-Timeの3つの制約を、Iron Triangle=「鉄の三角形」とも呼ぶ(QualityのかわりにScopeを入れることもあるが、プロジェクトでは品質を担保するための作業はすべてスコープに含めるからである)。

ところで、これら3つの目標尺度は、互いに独立に達成可能とは限らず、トレードオフの関係がしばしば生じる。たとえば高品質な製品を目指すためには購入部品や製造工程に余計なコストがかかる。逆にコストダウンを目指すとなると、安価な材料や短時間での加工仕上げなどに頼ることになる。その結果、品質は劣化する。

「安物買いの銭失い」という古くからある諺は、この間の事情を示しているわけだ。傘を買うとき、つい安価なものを買ってしまい、あっという間に骨が曲がって壊れてしまった--そんな経験をした人もいるだろう。「だって他のものの半値だったんだ」「そんなこと言ったって、また買わなきゃならないなら結局同じじゃない。それに傘って捨てるときすごく面倒なのよ!」・・こういう問答は、安物買いの陥る結果をよく示している。

ところで、コストも下げる、かつ必要な品質も守る、そう決めた時に、第3の要素であるDelivery(納期)とのトレードオフ関係が生まれてくることは、しばしば忘れられがちだ。極力コストダウンをはかろうとするあまり、余計な時間を消費してしまう。このことを私は「安物買いの時間失い」と呼ぶことにしている。

以前、欧米の石油メジャー顧客とのチーム・ビルディングのことを書いたが、その時かれらが真っ先に注意したのも、この問題だった。あのチーム・ビルディング・セッションでは、顧客とエンジニアリング会社の私たちが、互いに対する「期待」(expectation)をまず表明しあった。そのとき顧客側が第1条としてあげてきた文言が、"Don’t sacrifice time for costs"であったことは今でも忘れない。彼らは、我々元請け業者が、資機材を安く購入しようとして、ベンダーと延々ネゴシエーションに時間を使い、納期を守れなくなることを何より危惧したのである。

残念ながらそれから1年後に、危惧の一部は思わぬ形で現実となった。複雑な機械を発注した欧州企業が、出荷前に倒産してしまったのである。プラント関連業界が不況のまっただ中にあった時期のことだ。仕方なくそのベンダーの設計図面や購入した部材を引き取って、別の企業に途中から作り直してもらう騒ぎになった。お金も余計にかかったが、何よりプロジェクト・スケジュール上のインパクトを抑えるために必死のリカバリーが要求された。

QCDの3要素のうち、コストは、どの企業でも原価管理で厳しくコントロールしている。品質も、品質管理部門が目を光らせているはずだ。ところが、困ったことに、たいていの企業では、スケジュールや納期を集中してウォッチしている部門が無い。工程管理のセクションはあるかもしれないが、それは普通、部材が工場に届き、製造段階に入ってからの現場コントロールが責任範囲である。外部からの購入部品・材料の納期は、資材調達部門が責任を持って見ることになる。設計から資材手配までの期間は、こんどは設計部門の管掌というのが普通だ。つまり、全体を通して見ている機能がないのである。

全体納期=設計期間+調達期間+製造期間、なんだから、それぞれの段階を各部が責任を持って見れば、それで十分じゃないか、との意見もあるかもしれない。これまでの製造業は、たいていそういう論理を無意識の前提として動いてきた。機能分業による縦割り組織では、そうせざるを得ないとの事情もあろう。

しかしその場合、、コストと納期のトレードオフ問題が起きたら、誰が意志決定をするのか。「設計コストを低く抑えるためには、一部の詳細図面作業を外注したいが、そうすると2週間ほど余計に時間がかかる」といったシチュエーションで、方向性を決めるのは誰なのか。そして、その時の判断基準は? 「中国から鋳物を買えば4割安いが、納期は1ヶ月近く長い」とき、製造工程で吸収しきれぬ遅延のリスクは、誰がかかえるのか? あるいは、既存ベンダーの発注価格が下がってこないので、海外の新規サプライヤーを探して価格交渉をしたいが、許される期間は何週間か、だれが決めるのか。

いつでもQCDをすべて最適に満たせる解があるとは限らない。もしトレードオフ問題が生じたら、その案件のQCDの全体像を知る人間しか、適切な判断はできないだろう。QとCを把握する部門はすでに一応ある。だとしたら、D(納期)情報を、どこかに一元化する仕組みが必要になるはずだ。とくに量産型工場でなく、個別性の高い多品種型受注生産の工場であればあるほど、そういう仕組みの必要性が高い。

複数の評価尺度にトレードオフ関係が生じた時、その間の優先順位を規定する基準のことを、ポリシーpolicyと呼ぶ。困ったことに、多くの企業では、このポリシーが明文化されておらず、あるいは状況に対応してポリシーを決定する人や役職も定まっていない。そこで、何となく“空気を読んで”暗黙の合意形成をはかるか、あるいはQ>C>Dというような一律のポリシーを無意識に適用することになっていしまう(ま、たいていはC≫Q>Dかな)。

D(納期)は、製造業における重要な非価格競争力の一つである。「コストダウン症候群」におちいりがちな日本企業が、“安物買いの時間失い”のジレンマに早く気づいて、適正でタイムリーな判断を都度、下せるようになることを願うばかりである。

日本メーカの生き残る途 - 元ソニー取締役・金辰吉氏の講演から (2010/05/23)

金辰吉氏と言えば、ソニー中村研究所専務、ソニー・グローバル生産革新部門長を歴任されたのち、独立して、現在は㈱ワークセルコンサルティング代表取締役を務められる著名な論客である。また、’90年代における日本企業復活の原動力となった『セル生産方式』の命名者としても、よく知られている。その金氏が、先日の日本経営工学会春季大会で「日本メーカの生き残る途」と題した特別講演をされ、とても興味深い内容だったので、ここにその聞き書きを記しておきたい。

金氏とは以前、経営工学会の特別委員会で何度か同席させていただいたこともあるが、きわめて率直かつユーモアあふれる物言いをされる方だという印象がある。むろん、ここに記すことは私自身が聴衆として書きとったメモの内容であって、金氏の本来の発表原稿や主張と差違があるとしたら、その責は私にある。

金氏の講演は、何枚かの新聞の切り抜きから始まった。まずは直近の経済新聞から、「日本の電機業界大手8社の利益の合計は、(なんと)ヤマダ電機1社の合計よりも低い」という事実の紹介である。8社には無論、ソニーやパナソニックや東芝やNECなどが含まれている。日本の電機業界トップが韓国のサムソン電子に利益額で追い抜かれた云々が、世間では「大問題」として議論されているが、とんでもない。日本の流通業1社にさえ、束になっても追いつかないのだ。この事実は電気電子製品分野における、メーカー(供給側)とチェーン店(販売側)の力関係の逆転を、象徴している。

ついで金氏は、もっと目立たない、小さな産業紙の記事をあげる。中国上海ちかくの、ある電子製品工場で、この1年間に何人もの若い女子社員が自殺しているという記事である。その会社は台湾資本の会社で、EMS(受託製造)業をビジネスとしている。ソニーやAppleなどの製品を、受託して作っている企業である。“若い女子社員”というのは、つまり農村から出稼ぎに来た低賃金の「女工」のことだ。その彼女らが、なぜか職場で追い詰められて、次々に命を落としている。この背後には、何があるのか?

そして3番目の記事は、ソニーに関する外電だ。欧州スロバキアのニトラにある工場を、ソニーがEMS業者に売却したというニュースである。そのニトラ工場とは、ソニーが欧州における製造拠点とすべく計画し、他ならぬ金氏が自ら立ち上げに関与した、巨大工場であった。その工場を、建設してわずか3年後に、受託製造業者に売却したのだ。

電機業界には、「スマイルカーブ」という不思議な概念、ないし信念がある。製品の企画→設計→製造→販売→サービス、という一連の流れを横軸にとって、それが生み出す利益を縦軸に取ると、両側が高くて、真ん中の「製造」が一番低くなるカーブを描く、という(下に凸のカーブを、笑っている口の形になぞらえて『スマイルカーブ』と呼ぶのだ)。製造は一番儲からない。だから外部に委託する--そういう論理だか迷信だかにしたがって、日米のセットメーカーは我先に、EMSに工場を売却してきた。

ところで--と金氏は聴衆に問う--スロバキアの工場の売却先は、例の台湾のEMS業者だが、現地で働いている労働者は、無論スロバキア人ばかりだ。まさか全員を中国人に入れ替えるわけにはいかない。そのスロバキア人はソニーが現地で雇った人たちだ。では、EMS業者は、その工場で、どうやって利益を出そうというのか? 皆さんは、どう思われます? 金氏は会場を見回してから言う。仕入れの部品代も物流費も急に変わるわけがない。ならば、スロバキア人たちの給料を下げるしかないはずでしょう?

それが行き着く先は、例の上海の工場の記事が暗示しているのかもしれない。いや、それはもうすでに、日本で起こっているのだ。12年連続、年間3万人の自殺者が出ている国。その中でも多いのが、東北3県だ(金氏は東北出身)。

我々の時代は、2008年に大きな節目を超えたのではないか、と金氏は言う。電気自動車や太陽電池が急速に脚光を浴びて、『化石燃料大量消費時代』はいつか終わりになると、皆が感じ始めた。また、アメリカ型のマネジメント思想を『グローバル・スタンダード』だと皆に押しつける時代も、リーマン・ショックとともに終演に近づいている。

日本国内を、『グローバル・スタンダード』的思想で塗りつぶそうとした張本人の一人として、金氏は経済学者・中谷巌氏の名前を挙げる。中谷教授はいわゆる構造改革路線のブレーンでもあったが、’99年にはソニーの社外取締役にも就任している。そして、そのころからソニー社内は、妙な新自由主義がはびこる組織になっていった、という。(中谷氏は最近、以前の自分の考えは間違っていたと認める著書を出している)。

金氏の言う『グローバル・スタンダード』的な思想とは、“お金さえ儲かればそれで良い”とする思想である。それは、昔の日本人が持っていた商道徳の感覚、すなわち“ご先祖様が見ている”という無言の感覚とは無縁のものである。ご先祖様とは、会社で言えば創立者だ。そして、ソニーの創立者の理念とは、

「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由豁達にして愉快なる理想工場の建設」

ではなかったか。では、その理念を守っている企業はどこにあるのか。女工が次々と飛び降りる工場は、別の会社だから無関係なのか。

金氏は早稲田大学の工業経営学の出身である。研究室の研究テーマは、IE=Industrial Engineeringだった。具体的には、工場の生産性と人間性をともに高める方策の探求だ。IEは米国のテイラーが「科学的管理法」という著書で確立してからちょうど今年で100年になる。そのテイラーの管理法はフォードに応用されて20世紀の大量生産型工場の技術的基盤になるのだが、一つだけテイラーが失敗したことがある。それは、出来高給による労働者の意欲アップだった。

人の意欲はお金では買えない」--これは、近代の経営学や経営工学が数々の実験を通して発見してきた事実である。お金というのは、生き延びるための必要事項だが、それだけで人をより高いところまで動かせるものではない。マズローの欲求5段階説を持ち出すまでもなく、人には「尊重されたい」「自己実現したい」という、高次の欲求がある。これを満たす労働環境でなければ、本当の意欲は続かないのだ。

労働者の人間性を活かす一つの基準として、工業経営学が提起したのは、「作業時間内に、自由に休憩できる」という、単純な指標だった。これが満たされないと、仕事の能率は有意に下がる。だが、100人の労働者からなるベルトコンベヤー・ラインでは、一人が抜けても、システム全体のパフォーマンスに影響するのだ。では、どうしたら良いのか?

そこで出てくるのが、「セル生産方式」なのである。比較的小さな自己完結的工程からなるこの方式について、ここでは詳しく述べないが、少なくともセル生産には働く者の自由度がある。自分で休みたいときに休み、また働きたいときに働いても、自分の成果が変わるだけで、他のセルには何の影響もあたえない。自由度とフレキシビリティ--これがセル生産方式のメリットだと、普通は喧伝される。

だが、セル生産方式で一番重要なことは、働いている労働者の人間性を少しでも尊重できる点にあるのだ。これが金氏の最大の論点である。労働者を、単なる「コスト」として、取り替えのきく「部品」として見るのではなく、一個の人間として遇すること。人間性の向上と生産性の向上がともに目標であること。これが日本メーカの生き残る途ではないかというのである。

現在、日本にいる5400万人の就業人口のうち、約1/3は非正規従業員である、と言われる。非正規従業員は、同じ工場で同じように働きながら、食堂でも休憩所でも、社員とは口をきかないことが多い。それが、私たちの社会の現状なのである。ここに、まともな「意欲」が存在するだろうか。それが日本社会のあるべき姿だろうか。人を人として遇することが、当たり前になる日を目指しつつ、金氏は今日もセル生産方式とカイゼンを説いて回っているのである。

R先生との対話(つづき) - トラブルの根本原因をつかむ (2010/05/16)

トラブル事例からのLessons & Learnsを蓄積しようとしても、技術系ナレッジは多く集まるがマネジメント系の知見が出てきにくいのはなぜか--私の質問に対して、R先生は話を続ける。

「トラブル事象が起きた。そこから何かの教訓を学ぼうとする。これ自体は健全なことだ。誰でも、どんな組織でも失敗は経験する。組織に知性があるとすれば、それは自分の経験から学ぼうとする態度だからな。ところが、君はここで勘違いをしている。たとえば、何か例を挙げて説明しようか。最近のよく知られた問題事象を挙げてみたまえ。」

--そうですね、たとえばメキシコ湾で発生した油田の事故はどうでしょう。日本ではあまり報道されていないようですが、深海から原油を掘り出す海上基地(リグ)が爆発して沈没、原油が流出している事故です。4月20日に事故が起きて以来、2週間ですでに100万リッター近い原油が海底から漏出したと言われています。リグはルイジアナの100Km沖合ですが、海表面を油膜が拡がって、すでに沿岸に漂着被害が及んでいるようで、おそらく過去で最もひどい原油流出事故になるでしょう。

「なるほど。原因や対策は分かっているのかな。持ち主は誰だね?」

--Deepsea Horizonというのが石油掘削基地の名前ですが、油井の所有者は英国のブリティッシュ・ペトロリアム(BP)です。この移動式基地は米国企業が設計して、韓国の造船所で製造されたらしいですね。元の爆発炎上の原因はまだよく分かっていません。BPは、何でも、水深1,500mの海底の原油漏出箇所をふさぐために、100トンの重さの『箱』を上からかぶせる工事をするつもりのようです。しかし、たとえうまくいったとしても、環境被害も経済的損失も甚大でしょう。

「そう。そこでだ。君ならこの事故のLessons & Learnsはどう書くね?」

--え。だって、まだ問題解決の途中でしょう。今は書けませんよ。何か解決法を書くとしたら、漏出防止用の『箱』を、常時一つは会社で用意しておけ、ということぐらいでしょうか。BPは手元になかったので、あわてて作らせたようですが・・・。

「君はそれが解決法だと考えるのか。それは解決じゃない、『応急措置』というんだ。破損漏洩が起きました、カバーをかけて漏出を止めました--そんなのは、転んでケガをしました、赤チンを塗って絆創膏を貼りましょう。だから救急箱を必ず一つ家庭に用意しておくべきです、と言っているにすぎない。それは問題解決ではない。何かトラブル事象が起きたら、対応策は二種類必要だ。被害を食い止め、現状を可能な限り沈静化する『応急措置』と、そのトラブルを繰り返さないために真の原因を除去する『再発防止』の二種類だ。いうまでもなく、教訓としては後者の方がずっと重要なことは分かるね。」

--はい。

「では、その流出事故の真の原因は何かな。」

--それはまだ分かっていません。油井管の材料欠陥か、操作のミスか、海底気象の急変か、あるいは設備の保全が十分でなかったのか・・。

「むろん、現場をきちんと調べないうちは判断できんね。だが、かりに運転員の操作のミスだったことが分かったと仮定しよう。その場合の再発防止策は?」

--それは、えーと、そうですね、運転マニュアルにしっかり明記する、運転員の教育訓練をきちんとする、といった対策が必要です。

「おや。“しっかり”だの“きっちり”だの、余計な形容詞をつけて何か言ったつもりか、君は? 内容の定義もない、何の意味もない、無駄な装飾語を使って、対策を述べてはだめだ。」R先生は私を睨んだ。「そいつらを省くと、マニュアルに書く、運転員の教育訓練をする、そういう事になるな。そんな当たり前のことを、天下の石油メジャーが忘れたと本当に思ってるのか。じゃあ聞くが、オペレーターがちょっと操作を間違えただけで、大事故になるような設備で良いと思うのか?」

--・・・そうですね。考え足らずでした。

「大いに足らんね。人間はミスをするものだ。機材も摩耗するものだ。天候も変動するものだ。それがいちいち事故の原因になっていたら、現代文明など存在できるはずがない。『ミスをしました』が原因だと報告が来たら、なぜ、ミスをさせないためのフールプルーフ(ポカよけ)が無かったのか、あるいは、なぜミスの結果を封じ込めるフェイルセーフが作動しなかったのか、をむしろ問うべきだ。」

--それで思い出しましたが、今回の事故に関連して、BPは昨年のアセスメント報告書の中で、原油漏出の可能性を想定していなかった、という記事がありました。あれほどHSE(Health, Safety & Environment)に厳しいBPとは思えないことですが・・・。

「なるほどな。それこそが典型的な『マネジメント要因』なんだ。リスクのシナリオを想定していなかった。だから、適切なフェイルセーフを用意できていなかった。そこでトラブル事象が連鎖的に拡大してしまった。
 元のきっかけは、配管の金属疲労か、つまらぬ操作ミスか、水温の急変か、そんな些細な技術要因だったろう。それは、個別には、技術的な対策ができる。しかし、技術領域での対策を適切に行わせる仕事は、マネジメントの仕事だ。つまり、トラブル事象というのは、必ず技術要因とマネジメント要因とが重なって生じるんだ。あのタイタニック号が、なぜあれほどの被害を出したのか、前に教えてあげたことを覚えているかな。」

--世界最大の“不沈船”だから、という思い込みのために救命用避難ボートを削減して、乗客人数の分だけ用意していなかったからですね。

「そうだ。氷山に接触して、リベットが剥落したなどということは、きっかけでしかない。本来、船というのは、防水壁で浸水区画を遮断すれば、沈没はまぬがれるんだ。しかし、上等客室の居住性を優先するあまり、防水壁を喫水線の上まで立てていなかった。だから沈没した。でも万が一沈没しても、救命ボートが乗客定員分あれば、人の命は救えたはずだ。それが起きたのは、“不沈船”という驕りによって、二重三重のフェイルセーフを全部無意味にしてしまったからだ。
 氷山にしたって、出港時からすでに北大西洋に警告は出ていたんだ。だが、世界一の航路記録を樹立しようとあせった会社が、無理に出航させ、夜間も全速航海していた。どれもこれも、マネジメント要因だ。これだけ危険な環境を自分でこしらえておいて、氷山が事故の原因だった、いや当時の造船施工技術が未熟だった、などと言うのは愚かだ。」
 
--マネジメントが、技術的危険性を増幅したということですか。

「いいかい。小さなトラブルは、いつでも起きうる。問題は、それを抑え込めるか増幅してしまうかの違いだ。その違いは、マネジメントのあり方から来るんだ。小さなトラブルはたいていの場合、技術的に対処できる種類のものだ。だが、適切な対処を怠れば、雪だるま状にすぐ大きな問題に膨れあがって、暴れはじめる。」

--たしかに、最近世間を騒がせた、いくつかのメーカーの品質問題やら偽装騒ぎなんかも、経営側の対処がまずくて、問題を膨らませていましたね。あるいは、ソフトにバグが見つかった場合、それをすぐ認めてユーザに知らせれば小さなトラブルですむものを、かえって無視して騒動になったりします。

「逆に言うなら、小さなトラブルとは、それ自体が一種の『アラート』なのだ。アラートに気づくのも、見て見ぬふりをするのも、マネジメントの態度しだいさ。
 君の勘違いとはね、トラブルの原因分析をすれば、技術起因のものとマネジメント起因のものとに分類できるはずだ、という思い込みだ。両者は必ずワンセットになっている。原因分析をするときは、そこまで掘り下げなかったら、嘘だ。」

--ふうむ。そうすると、「なぜなぜ5回」のような掘り下げが必要ですか。

「はっきり言うと、『なぜなぜ5回』は素人がやると変な方向に行きがちなので、あまり勧めない。ほら、何でもすぐ“政治がわるい”“社会がわるい”と言いたがる手合いが、よくいるだろ。あれと同じだ。うっかりすると、経営者がダメだから、不況のせいだから、という結論になってしまう。これは、根本原因とは言えんのだよ。」

--じゃあ、何が根本原因なのですか。

「根本原因というのは、事象の合理的な主原因であり、かつ、当事者にとってマネジメント可能なものを指すのだ。マネジメント可能、というのが大事だ。経営者のレベルとか、経済不況とかは、マネージできんだろ。
 トラブルが起きたとする。現象を調べてみる。すると操作ミスが引き金になっていた。だが、操作ミスを防止するフェイルセーフが働かなかった。なぜ働かないのか? わざとオフにしていたのか、壊れていていざというとき効かなかったのか、元からつけていなかったのか? --こういう風に、さかのぼっていかなければダメだ。きちんとたどれば、たいていは、マネージ可能な仕組みか教育の問題に行き当たる。そいつが根本原因だ。
 世間でよくあるトラブルの分析というのは、すぐに個人の資質を原因にしたがる。ミスの多い人だったとか、スキルが低かったとか。マネジメントの問題でも、リーダーシップが足りないとかなんとか。しかし人間の資質なんて急に変わらない。スーパーマンでなければ務まらないような仕事だとしたら、それは仕事の仕組み自体が間違っているのだ。」
 
--はい。

「17世紀だったか18世紀だったかに、ロンドンで大火があった。それ以降、英国では都市の防火・耐火政策が進んだ。一方、ほぼ同じ頃、江戸でも有名な大火事があった。江戸幕府は何をしたと思う? 火元の人間を、厳罰に処することにしたんだ。どちらが有効な対策か、わかるね? そして、どちらがトラブルにより学んだかも。」

R先生との対話 - トラブルから『学ぶ』とはどういうことか (2010/05/08)

久しぶりにまたコンサルティングと人生の大先輩、R先生のところを訪ねた。ちょうど庭に花が陽光を浴びる季節である。

--このところPMO(Project Management Office)部門で、社内のプロマネさん達のコンサルのような支援のようなウォッチャーのような、自分でも判然としない仕事を主にしているのですが、最近とみに疑問に感じることがありまして。

「自分の仕事もよくわからん君がお目付役とは、そりゃプロマネ達も大変だろう。」

--そういわれると返す言葉もないんですが・・PMOってのは、ナレッジ・マネジメントというか、L&L(Lessons & Learns)を蓄積共有して、業務のプロセスを改善していく事が大事な機能の一つです。PMBOK Guide風に言えば、“組織のプロセス資産”を高める仕事です。そのL&Lに関連する疑問なんですが。

「アメリカ人の好きそうな概念だな。彼らは知識さえ持てば何でも乗り越えられると無邪気に信じてる。まあいい。それで疑問とは?」

--社内の規定では、プロジェクト・マネージャーは毎月、定型のレポートを上げることになっています。それ以外に、遂行途上でさまざまなトラブルにぶつかった際は、緊急性に鑑みて『アラート情報』を作成し発信することになっています。A4・1枚に入るような単純なフォーマットですが、こういう問題事象に遭遇した、現在これこれの対応処置をしている、似た状況下で同じ轍を踏まないよう、しかじかの防御策をとられたい。そんな内容になってます。ジョブが落ち着いたら、これをブラッシュアップしてL&Lとして正式に登録する仕組みです。

「別にそれはそれでいいんじゃないか。ちゃんと仕組みとして回りさえすれば。」

--そうなんですが、一つ気になることがあります。現在までに登録されたL&Lのデータベースを分析してみると、技術的なトラブル対策は多いのですが、マネジメント系のL&Lがいやに少ないのです。こういう金属材料の適用に気をつけろ、某国の法規ではこういう仕様の要求がある、輸送のミスで部材がバラバラになった、埋設管の設計で注意する点・・・テクニカルな知見は多い。なのに、プロジェクト・マネジメント業務そのものの教訓が少ないのです。引き渡しの契約条件でこうネゴすべし、下請けの倒産を避けるためこう手を打て、とか、無いわけではないのですが、圧倒的に少ない。専門機能部門の改善には役だっても、これじゃあプロマネの改善に結びつかないのです。

「君のところは、たしかマトリクス型の組織だったな? 設計専門部の他に、マネジメント部門がある訳か。」

--そうです。私の勤務先では、プロジェクト・エンジニアという名前のマネジメント専門職種が属する部門があって、その部門の、身分的には別に管理職でもない若手社員が、はるか年上の他部門のベテラン社員を使う、ということも珍しくありません。だからこそ、私みたいなPMOの職種が必要になるんです。

「そうか。ところで、最初に確認しておくが、仕事の教訓というのは--それをL&Lと呼ぼうが何と呼ぼうが勝手だがね--別にトラブル事例だけに学ぶべきものではない。むしろ、成功例からも学ぶべきなのだよ。そんな『アラート』とやらでは、うまくいっている事例の報告は上がってこないだろう? 片手落ちではないかな。」

--たしかに。

「上手なマネジメントというのは、トラブルが起きる前に未然に防ぐものだ。だから、プロジェクトに波風は立たない。静かに、スムーズに進んでいる仕事を、君は十分注意してウォッチしているかね? そっちの方が、ずっと教訓は多いんだ。なのに、問題事象や解決ばかりに皆の注意が向くようでは、自分でトラブルの種をまいて大騒ぎで刈り取る“問題児”の方が、かえって会社員としては目立って得をしかねまい。」

--おっしゃることはもっともだと思います。でも、だとすると、マネジメント系の教訓の種は、どうやったらもっとうまく拾えるのでしょうか? 形式化されたナレッジが無いと、いつまでたっても属人的スキル・ベースのマネジメントから進化できません。

「君は二つほど勘違いをしているよ。一つ目の勘違いは、大事なトラブルは緊急性の『アラート』で拾えると思い込んでいるところ。もう一つは、技術的トラブル事象とマネジメントとをバラバラに考えていることだ。」

--どういうことでしょうか。

「トラブルというものは、リスクが具現化して生じるものだ。リスクは知っているよね。リスクはトラブル事象そのものではなくて、それが生じる可能性のことだ。君のところでは、プロジェクト開始時点に、きちんとリスク・アセスメントはやっているかね?」

--そりゃ無論、やっていますよ。関係者全員がリスク・アイテムを総ざらえして、生起確率と影響度のマトリクスで評価して、リスク登録簿を作ります。登録簿は毎月アップデートすることを義務づけています。

「そうか。それで、リスクというのは、既知のリスク未知のリスクにまず分けられる。君の言う登録簿なるものに書き込んだものは、みんな既知のリスクだ。未知のリスクに対応するためには、用途を限定しないコンティンジェンシー・リザーブ(予備費)がプロマネに必要になる。」

--それも制度化しています。

「まあ急がずに聞きなさい。リスクはさらに、外部リスク内部リスクとに分類される。組織の外からやってくる事象と、内部で発生するリスクだ。為替変動だの、下請けの倒産だの、輸送中の事故だのは外部リスクだ。設計のチョンボ、情報伝達の不正確、メンバー同士の相互不信なんかが内部リスクだ。さて、緊急性の高いのは、どっちのリスクが具現化したトラブルだと思う?」

--う・・・外部リスクですか。

「そうだ。たいていの外部リスクは、いきなりやってきて、皆の頭の上で炸裂する。誰もがそれに気がつく。ところがね、内部リスクは必ずしもそうじゃない。設計にミスがあったって、すぐその場では表面化しない。製作を経て、テストをくぐり抜けて、ようやく気がつく。コミュニケーションのミス、相互不信なんかも同様。こうしたリスクは、じわじわとしか具現化してこないから、気づきにくい。しかし、ボディーブローのように、確実にプロジェクトの志気やエネルギーを奪っていく。こっちの方がある意味、ずっと怖いのだ。君んところだけじゃないよ、製造業だってサービス業だって、同じように重大な内部リスクは気づきにくい。
 さて、マネジメントに起因するリスクは、外部リスクかな、それとも内部リスクかな?」

--内部リスクですね・・・そうか。

「そのとおり。『アラート』のような緊急通報型の仕組みを使っていたら、マネジメント自体に起因するボディーブロー型の内部リスクは、なかなか捕まえられないに決まっている。では、君の第二の勘違いに行こうか。」

(この項つづく

わたしが新入社員の時に学んだこと (2010/05/01)

紅海を見下ろすホテルのレストランで、私たちは食事していた。相手はサウジアラビア有数の財閥企業のBusiness Development担当ディレクターだ。いわゆるアラブ風の白い民族衣装ではなく、ふつうの背広にネクタイの服装をしている。年齢は、たぶん私と同年代か、少し若いかもしれない。しかし財閥トップの信任の厚い彼は、もうすぐ役員のポストに手が届くだろう。

戒律厳しいサウジの食卓では、けっして酒は供されない。それでも、一緒に食事をするというのは、知り合ったばかりの人間同士がうちとけるには最良の手段の一つだ。デザートを食べ、食後のお茶やコーヒーを飲む頃には、出自を含めていろいろなことを話し合うようになっていた。

レバノン出身の彼は、きわめてきれいで立派な英語を話す。イギリスの大学を出て、英国企業に就職し、さらにMBAを取得して別の会社のポストを得た。結局、11年間イギリスに住んだという。それから、サウジの財閥企業に引き抜かれ、経済成長著しい中東に戻ってくる。そこで頭角を現して、今のポジションまでたどりついた。彼と少しでも話せば、とても頭の回転の速い、優秀な人物であることは分かる。そして、他国人であっても有能ならば、引き立てて使う度量を経営者の側ももっている。

その彼が、社員の研修に関して面白いことを言い出した。たしか、日本企業に若手社員を研修派遣に出した経験に関連する話題のときだった。彼は、「ビジネスマンの基礎能力は、大学教育や資格ではなく、最初に就職した職場の3年間で決まる」と言ったのだ。「入社した最初の職場で、きびしくdisciplineを仕込まれて学んだ人間は、その先どんな会社どんな職場に行っても、仕事ができるようになる。逆に、どんなに頭が良くて学業が優秀でも、最初にだらしない職場に入ってしまうと、その先は伸びなくなる。そう思いませんか?」--さまざまな部下達のことを思い出しながら、彼はいうのだ。

たしかに、そうかもしれない。不思議なことに、土地や文化や言語はいかに違っても、同じビジネスの世界では、人々は似た傾向や習慣やエートスを持つようになる。私が近年ぼんやりと感じていたことを、彼が明確にずばり表現してくれたので、とても驚いた。

たぶん、彼自身が最初に働いた英国企業も、きちんとした立派な職場だったのだろう。だからこそ、紳士的で正確、かつ事実本位で意志決定の早い、今日の彼が出来上がったにちがいない。それでは、私が新入社員だったころ、何を学んだのだろうか?

わたしが「新入社員」だったころ、最初についた先輩は、とても仕事に厳しい人だった。私が最初に学んだことは、『チェックする』ことだった。指示されて計算書やら図面やら報告書やらを作成し、その人に提出する。すると、中身を見る前に、私の顔をじっとにらんで、「チェックしたのか」と言うのだ。

「チェックしました」と答えると、「どうチェックしたんだ?」と聞き返される。「書いた後、読み直しました。」というと、「馬鹿!」と怒鳴られた。「お前は自分の書いたものが合ってるかどうか、読んだだけで分かるほどいつ偉くなったんだ!? 計算は合ってるのか聞いてるんだ!」

しかたなく席に戻って、計算を確認して、もう一度その先輩のところに提出に行く。「計算もチェックしました。」と言い添えて。すると、再度「どうチェックした?」と聞き返される。「同じ計算をやり直して、合ってることを確認しました。」と私が答えたら、さっきよりもっとすごい勢いで「馬鹿者!!」と言われた。

「同じことを繰り返して、自分の計算の間違いが見つかるわけがないだろう。そんなもんチェックとは言わん。前提とか手順がおかしくないか、どうして分かる? 分からんだろうが。」
「でも、そうしたら、どうやってチェックしたらいいんですか?」
「いいか。手順通りに計算したんだったら、それはいわば『縦』の流れだ。そういう時は、『横』に比較するんだ。自分が3ケースの計算をしたら、その結果を横に並べて、本当に大小関係や差額がまともになっているかを見ろ。1ケースしかやってないんなら、先月、別のケースで○○が計算書を作ってるから、それと比べろ。いいか、自分でチェックしないものを俺にも客にも絶対出すな! 本当に合ってるか確認するまで、2回でも3回でもチェックしろ!」

再度自分の席に戻って横に比較してみると、くやしいことに、たしかに3ケース目だけ結果がおかしい。自分はミスしやすい、粗忽な人間であることを思い知らされた。念入りにチェックしていると、今度は提出期限に間に合わなくなる。しかたなしに、作業の時間を見積もるときは、チェックする時間も考慮に入れるようになっていった。おかげで、私の仕事の品質は、すこしは向上したとは思う。しかし先輩に毎回言われる「チェックしたか!」の声は耳の奥にこびりついて、家に帰っても寝床で歯ぎしりした。

その先輩には、その他にもいろいろなことを教えられた。客先や上流部門から渡された条件、そして自分が作成した計算は、かならず紙に出した。それは、色マーカーで、線を引くためだ。なぜ線を引くのか? それは、後になって、その条件や結果を自分が「読んだ」「確認した」ことを確かめ直せるようにするためだった。つまり理解や確認作業を色マーカーで「見える化」するのである。そして、その紙は穴を開けてファイルする。いつでも、作業工程を遡って、どこまで正しくどこで間違ったのかを、トレースできるようにする。なぜなら、人間は(とくに自分は)ミスをおかしやすい生き物だからだ。

打合せをしたら打合せメモを書く、ということも教わった。「打合せの席で俺が一所懸命お客に説明しているのに、ふと横を振り向いたら、お前は何もメモせずぼーっとしてる。お前に給料なんかいらん。払うだけ無駄だ!」と怒られた。打合せの前にはアジェンダ(議題)を用意しておき、打合せの最初に出席者に配布する、というのも教わった。議題はかならず番号をつける(「●とか→とかの記号じゃ、議論が途中で脇道にそれたとき、何番目の議題に戻るか、すぐ言えないだろ!」)というのも教わった。

工程表を引く、ということも、To Doリストをつける、ということも、見よう見まねで学んだ。仕事を他の人に頼む場合、その結果をもらう時は、自分から相手のところに出向くのが礼儀だ、というのも学んだ。今にして思えば、当たり前すぎるほど当たり前のビジネス・マナーだが、そんなことは大学教育までは誰も教えてくれなかったのだ。

信用をいったん失ったら、まず戻ってこない。それが「チェック」をうるさく言った先輩の根底にあった考え方だ。客にミスを見つけられたら、その客からは二度と信頼されない。仕事ももらえないかもしれない。自分の信用を失うだけではなく、会社の信用を失うのだ。設計部門で働く以上、それは身につけるべき最低限の訓練(Discipline)であった。

習慣は、一度では身につかない。たぶん、2年や3年はかかる。だから最初の3年間が大事なのだ。そのとき、厳しい先輩にきちんと仕事を仕込まれるかどうかが、自分のビジネスマンとしてのその後を決める。アラブ出身の外人社員として、保守的な英国社会で実務に揉まれたに違いない、そのディレクターの穏和な笑顔を見ながら、私はあらためて新入社員の時のDisciplineの意味を考えたのだった。

工場見学ほど面白いものはない - K歯車工業に学ぶ (2010/03/07)

埼玉県川口市という地名を聞いて、「キューポラのある街」などという言葉を思い浮かべるのはたぶん私よりもっと年長の、団塊の世代かその上の人たちだろう。キューポラというのは本来は丸屋根を指す言葉だが、転じて鉄を溶かす炉のことも指す。川口市は鋳物工業の街として高度成長期以前から長らく知られており、映画「キューポラのある街」もそれを舞台として昭和37年に製作された有名な作品である(私は未見だが)。もともと、荒川の砂が鋳物の型に適しているので、この地に鋳物工業と、その周辺業種が集まって栄えたらしい。

しかし今日、JR川口駅の前に立っても、オープンデッキの向こうにならぶのは商業施設と大型マンションだらけで、溶鉄炉の煙突など見る影もない。鋳物と言えば代表的な3Kの職場で、かつ大手企業があまりなく中小主体だ。人件費もそれなりにかかるから、バブル時代以降ほとんどの工場が立ち退き・移転・廃業したらしく、その跡地に集合住宅が建ち並ぶ現在の風景が出来上がったらしい。

でも、川口のような「工業産地」から工業が全く無くなったかと言えば、そうではないのである。今日なお、先進的な工夫を凝らして頑張っている中堅・中小企業が、首都近郊のこの地で残っている。むしろ工夫のない企業が淘汰されて、優秀なところだけが残存者利益を享受している、というのに近いと、ある先輩コンサルタントは言っていた。

私の所属する『生産革新フォーラム』(通称「MIF研」)は中小企業診断士を中心とした研究会だが、年に2回の工場見学をずっと続けている点に特徴がある。都会で経営論だのシステム論だのの理屈だけを議論するより、具体的な工場を見学する方が、ずっと面白く勉強になるものだ。そのMIF研が見学先として今回選んだのが、川口市のK歯車工業であった。標準歯車を中心に製造する部品メーカーだが、標準と言っても分厚いカタログがあり、非常に多品種を作っている。従業員数約200名、年商数十億の、典型的な中堅中小である。そして、事実とても面白かった。

ちなみに、工場見学をしていると、人によって見るところが違うことに気づく。たとえば、工場見学の初心者は、たとえば自動溶接ロボットの動く工程だとか、整然と美しく広々した構内、あるいはコンベヤが連続して運び出す製品などに感心する。いわば、工場の目をひく付属品や印象を見ているのである。

ところが、工場見学の中級者は、別のところを見る。たとえば、NCマシンのラインと汎用機のブロックを分けてレイアウトしているな、とか、なぜ大型の自動切削機を2階においているのだろうか、といった点に注目する。建物の床には耐荷重(m2あたり500Kgとか1 ton等)という設計指標があり、これを大きくするには柱・梁を太くしたり補強を入れる必要があって、建築費が高くなる。だから重量のある機械装置はふつう1階におくのが工場計画論の定石なのだ。つまり、中級者は工場の構造に注目するのである。

そして、諸先輩の中でも上級者クラスの人を見ると、この工場は製造ロットサイズが大きすぎるんじゃないか、とか、構内は整然として見えるが通路脇に置いてある部品カゴに現品表がついていないな、といったことを指摘する。つまり、工場というシステムの動きと機能を見ているのである。だから、いろいろな人と一緒に見学に行くと勉強になる。

さて、K歯車工業の本社工場は、3階建てである(首都近郊にある日本の工場はどこでもそうだが、土地の制約があって平屋でなく多層階になる)。そして、面白いことに、2階にも重量のある機械を置いていた。案内していただいた社長は、建築費が上がることを承知の上で、そうしたと説明された。理由は、動線にある。大型歯車は1階で、小型歯車は2階で工程を完結できるようにしたという。おかげで、垂直搬送の物流がほとんど不要になっていた。

言うまでもないが、たいていの工場では、原材料の入荷と製品の出荷場は1階になる(トラックの到着口がそこにあるからだ)。そして組立や検査と言った軽量の作業は上層階に置かれがちだ。おかげで、保管→加工→組立→塗装→検査→出荷、という工程の間にかならず垂直物流が入り、レイアウトが複雑になってしまうばかりか、仕掛在庫が別の階から見えなくなって、どうしても工程間の同期がずれていく。K歯車工業はこれを避けて、わざわざフロア別のレイアウトにしたのである。多少の建築費の増大を飲んでも、これは賢明な決定だった。そして、こうした賢明な選択がそこここに見られるのである。

K歯車工業は、分厚い自社カタログの標準歯車の販売比率と、その標準品に多少の追加工を施したものの受注販売比率がほぼ同じだという。むろん、顧客の個別仕様による歯車も受注生産している。これは、創業者が「自社製品と受注生産とその他の商売の比率を3:3:3にしよう」と決めて以来の方針らしい(現在の社長は三代目)。言いかえれば、大量に生産できる自動車部品や家電部品の下請け生産は、あまりやっていないということだ。製造ロット数を聞いたら、追加工品は平均5個だという。非常に小ロットである。多品種少量生産の典型のようなものだ。

しかし、この方針のおかげで、大手メーカーの際限なき値引き交渉や、海外シフトによる下請け切りの被害を受けずに済んだのであろう。量産効果を望んで100%下請け生産に走らなかったのは、まことに賢明なことであった(むろん、これは日本の今日を知って振り返るからそういえるのであって、右肩上がりのイケイケどんどんの時代には、さぞ周囲から馬鹿にされただろう)。

この会社は、有名なJITコンサルタントに3年間指導を受けたという。そして、あれこれと勉強し、また悪戦苦闘もしたあげく、3年で「卒業」されたらしい。JITコンサルにもいろいろなタイプがいるが、はっきり言って下請けメーカー向けの現場改善は上手だが、工場の外側をも見通したサプライチェーンの感覚が乏しいケースが少なくないようだ。K歯車工業は、追加工品の小ロット飛び込み注文が多い。これが製造現場の手順をかき乱す要因になる。そこで、JITコンサル氏は「受注を受け付ける時間帯を制限しろ」と進言されたらしい。

しかし、社長は“飛び込み注文への対応こそ当社の競争力の源泉です”と主張して応じなかったとのことだ。こういう点が、しっかりした経営スタンスを感じさせるところだ。自社の競争力のあり場所を、良く認識している。「低コスト」でもなく、「技術力」一辺倒でもない。多品種とフレキシビリティが売り物で、だから他社よりも付加価値をつけて売れるのである。

当然、“中国製品や他の安価なアジア製品は脅威ではないのか”という質問もよくされるらしい。歯車(とくに精密な歯車)というのは、使ってみればその信頼性や安定性は分かる。それは加工精度だけでなく、使う金属素材自体の品質にもよっている。これらを含めて、日本製品はまだ、一日の長がある。

とはいえ、“使ってみないと、分からない人には分からない”のも事実だ。中国国内でも歯車工業の会社はいくらでもある。それどころか、「我が社は、アジアン・スタンダードの歯車は全部取りそろえて製造できる」と豪語した会社があったらしい。歯車のアジア標準って、何の事だ!? --そう疑って尋ねたら、「これがそうです」といって取りだしたのがなんとK社のカタログで、ご丁寧に社名のところだけ黒く塗りつぶして自社名にしている(笑)。「おまけに、近頃ではこういう事をするのが中国人ではなく日本人だったりする。情けないですよね。」と社長は語っていた。

ところで、見学した我々が一番感動したのは、実は工場現場ではなく、事務所の中だった。オフィスのデスクの引き出しに、姿置きをしているのである(写真)。

読者諸兄は「姿置き」をご存じだろうか。これは、製造現場などで、よく使う工具類を、整理するための工夫である。平置きの台の上に発泡スチロールの薄い板をしき、そこにニッパーやドライバーなど工具類の形のとおり切り込みを入れ、いつも同じ場所に置くようにする。使っている時はそこからとり、戻す時も、その位置に戻す。探す手間が無くなるし、あるかないか一目で分かる。工場の現場では、「5S」というスローガンの下、ブルーカラーの労働者に対して整理・整頓・清掃・清潔・しつけ(習慣化)を口を酸っぱくして説く。姿置きも「5S」の一つの手法である。

しかし、現場に5Sを命じるホワイトカラーの机と言えば、書類も文房具もごちゃごちゃで、どこに何があるのか当人も毎回探すような有様が珍しくない。K歯車工業はこれを正すために、オフィスでもペンやホッチキスなどの文房具の姿置きを実践しているのである。労働安全と環境整備は全社運動で、その責任者は事務部門にあり、ときどき社長にも机の中を見せてくれ、とチェックにやってくるのだという。まことに立派である。

この会社を見て、つくづく感じたことがある。それは、まともな経営をすれば、サステイナブルなビジネスを維持していける、という事実である。経済危機の影響を受けて、同社の売上も一時の6割程度まで落ち込んでいる。しかし、競争力のありかはしっかりしている。だから、経営は厳しくても維持できるのだろう。たしかに、大手の量産下請けをやらずに、標準歯車だけ売っていては、事業の急成長は見込めまい。でも、日本の製造業が再び回復し成長すれば、成長は、自然についてくる。それこそがサステイナブルな経営というものではないだろうか。

姿置きの写真


JALに乗るおじさんの日記 - あるいは、サービスの質を考える (2010/02/27)

私は家に、2008年11月づけの、大変貴重な新聞「コリエレ・デラ・セーラ」紙の記事を持っている。コリエレ・デラ・セーラは、イタリアを代表する日刊紙だ。この日の一面記事は、「アリタリア航空の売却再建に合意」である。なぜこれが貴重かというと、実はこの紙面を、私は当のアリタリア航空の機上で受け取ったからである。これから乗り込もうとする飛行機の会社が倒産し、従業員は浮き足立っている、そんな機内に足を踏み入れるのは大変スリリングな体験であった。

同じような経験は繰り返すものらしい。

先月、中東出張の途上で久しぶりにJALの国際線ビジネスクラスに乗った。いつものsafety instructionの放送が終わると、客室乗務員の女性が前列に神妙な顔つきで並んで立った。そして「皆様も新聞報道等でご案内の通り、弊社は・・・皆様にご心配をおかけした事をお詫びし・・・サービスのさらなる向上につとめる所存で・・」という趣旨の機内アナウンスが流れ、女性たちが一斉にお辞儀して頭を下げたのである。まあ、じつに日本企業らしい光景だとは思う。アリタリアの乗務員は、恐縮はしても頭なんか下げなかったし。

成田からソウル・仁川空港までの短い機内だったが、座っているうちになぜか次第に、不思議さ、ないし違和感のようなものを感じはじめた。どうしてこの会社の乗務員のサービスは、どこか微妙に「ずれて」いるのだろうか。たとえば、機内の夕食は、飲み物のサービスの後、何も聞かずにいきなり和食のお弁当が配られてくる。なるほど、上品な箱に入った立派なお弁当だ。献立も念入りで、味付けも美味しい。でも、なぜ食事のメニューには選択肢が無いのだろう。どんな格安便のエコノミーに乗っても、"beef or chicken?"くらいのチョイスは聞いてくるのに。ぼくが洋食より和食を好むかどうか、外見だけで分かるのだろうか。あるいはエビ蟹を食べないユダヤ教徒や豚肉を食べないイスラム教徒でないと、どうして知ったのか。

JALの国際線には2年前も乗ったが、フィリピンへの往復は規定によりエコノミークラスだった。そのときは、こんな違和感は感じなかった。こうしたことはむしろ、サービスの手厚い(はずの)ビジネスに乗ったから気づいたのだろう。機内に乗り込んで着席すると、チーフ・アテンダントが「佐藤様、本日はご利用ありがとうございます」と挨拶に来る。その顔に浮かべた営業笑いも、なんだか不思議だった。

飲み物には一応選択肢があるのに、肝心の夕食のメニューには選択肢が無いのはなぜなのか。考えたり観察したりしているうちに、だんだん気がついてきた。この人達は、顧客の要求や望みにどう対応するか、ではなく、自分達の頭の中にある『型』を念入りに磨き上げ極めることがサービスだと思っているのではないだろうか。自分の頭の外に出ること、相手の悩みや要望の全体を想像し、またその言葉を素直に「聞く」ことこそ、サービスの原点だと思うのだが。

周知の通り、アメリカのレストランでステーキを頼むと、「焼き方はrare? well-done? つけあわせはマッシュポテト? フレンチフライ? サラダのドレッシングはoil&vinegor? French? Italian? Southern Island?」と何でもかんでも聞いてくる。彼らは、顧客に選択肢を与えることこそサービスだと心得ているのだ。そんなことより、もうちょっと上手に料理してよ、と思ったりもする。ところが、フランスのビストロでビフテックを注文すると、彼らはほとんど何も聞かずに、料理を持ってくる。焼き加減はア・ポワン(ちょうど)で、付け合わせはフリット(フライドポテト)。サラダは、たとえばオンディーブのサラダならクルミ入りのオーロラ・ソースという具合で、すべて定石が決まっている。そのかわり、まあそこそこ美味しい。これが彼らのサービスなのだ。

寿司屋風に言えば、アメリカ人は「お好み」派で、フランスは「おまかせ」派だ。これはちょうど、米英のエンジニアリング会社がコスト・プラス・フィー(実費償還)契約のプロジェクトを好み、仏伊のエンジ会社がランプ・サム(一括請負)契約をうまく料理する傾向に、ちょうど合致する。でも、フランスのビストロの客が、定石をわざとはずした要望を口に出せば、もちろん彼らは顧客の意志に従う。すべての顧客は好みも意志も持っている。それが西洋人の前提なのだ。

ひるがえって、JALはどうだろう。あの会社は、“黙って、最上の物(と自分が信じるもの)を提供する”ことがサービスだと心得ているらしい。プロダクト・アウト--極端に言えば、一種の一方通行である。そして、私たち日本の企業はどうだろう。「おまかせ」での仕事を好む“寡黙な大工さん”が身上ではないだろうか。だとしたら、いつの間にかJALが競争力を失っていった轍を、私たちも踏んでいないだろうか。

そして、自分が現在かかわっているプロジェクトの仕事を思い出してみる。中東で大規模プラントを計画中の顧客連合に対する、Project Management Serviceという契約形態だ。顧客の側に立って、悩みや要望の全体を想像し、それを具現化することが求められている。にもかかわらず、つねに無意識のうちに、「そんな要求を聞いたら後が大変だ」「そんな短納期でできる訳がない」「この構成の方が良いに決まっている」という大工さん根性が顔を出す。

製造業の会社だって、この話に無縁ではあるまい。昨今の製造業は製造部門の子会社化や海外生産が進み、自分では製造現場を持たなくなっている。“ものづくり企業”を自認しつつ、実態はどんどんサービス業化しつつあるのだ(いまや業種分類など、企業の「本籍地」を示しているにすぎない)。そんな風にサービス業に近づいた企業が顧客に届けるバリューとは、自社の優れた製品や技術を提供することだろうか、それとも顧客の声や意志を聞くことなのだろうか。

中東からの帰りの機内では、映画「ハゲタカ」を見た。映画作品としての水準はともあれ、“日本企業にはまだ技術がある”という信念ないし思い込みを、皆が繰り返していたのがひどく印象に残っている。たしかに、ある特定の数字を極めることにかけては、日本企業の技術者達はみな優秀だし、懸命だ。だが、その数字(尺度)を、顧客の要望の全体系の中で位置づけて吟味し、何を捨て何を活かすかを考えて実践することこそ、技術ではないのか。そこには想像力(構想力)と、「賭け」が必要なはずである。--などと偉そうなことを、雲の上で考えてみたのだった。

(この文章は、以前書いた『ANAに乗るおじさんの日記』の姉妹編です。JALのライバル企業のサービスについての感想は、そちらをご覧ください)


韓国・中国との競合を考える ~PMAJ新春セミナーの話題から (2010/02/02)

先週の1月30日、日本プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)の『新春セミナー』に招かれ、パネル・ディスカッションに参加した。「プロジェクトマネジメント最前線の状況と近未来」という、自分にとっては大きすぎるテーマでのパネルだったが、一応好評のうちに終えられたと思う。他のパネラー(Panasonic、竹中工務店、富士通など)の方の発表力に負うところも大きかったのだろう。

パネルでは幾人の方から興味深い質問をいただいた。その一つは、「今後、日本のPMはグローバル化が必須だろうが、10年後の成功をかちえるためにこの2、3年でしておくべき課題は何だと思うか」という問いかけだった。こんな問いには他に適任がおられるだろうが、海外売上比率90%以上のエンジニアリング会社勤務だから、私にお鉢が回ってきたのだろう。とっさに思いついた答えはこんなものだった:

「語学力の問題は、心配していません。これは各個人の努力でどうにでもなる問題です。海外ジョブでは異文化摩擦の問題も生じるでしょうが、それもいくつか経験すれば慣れると思います。私が気になるのは、そのもっと奥にある問題、つまり企業対企業の、責任範囲とか権利義務関係とか、そういった事柄に対する感覚・慣習の違いに、マネジメント層が気づいていないらしい点です。これは最近いくつかの企業の例を見聞きして感じたことで、あるいは思い過ごしかもしれませんが。

海外プロジェクトにおける企業間の界面は、いわば透明だが硬い樹脂でできている、『ハードな界面』みたいなものです。これに対して、日本国内の企業間は、半透明で柔らかい『すり合わせ型の界面』で、お互いに長いつきあいと、多少の貸し借りやナニワ節の通じるウェットな関係です。これに慣れた者が、互いを峻別する透明でハードな界面に気づかず正面からぶつかってしまうと、壁に投げられた卵みたいにつぶれやすい。そこで、自分を守るための法務・商務を含めたマネジメント・テクノロジーが必要になってきます(また、ハードな界面は同時に自分を守る盾にもなります)。

これは“リスク・マネジメント”の一部だと言えば言えるのでしょうが、自分が知らないこと、「無知」や「未知」へは対処する方法がありません。日本は’90年代一杯までは輸出型で強い立場でしたが、これからは外需中心で受注型海外ビジネスがメインになってくるはずです。だとしたら、この2、3年のうちに、異質な界面を意識してきちんと仕掛けを作り上げる必要があります。これさえうまくやれば、日本企業は基本的にポテンシャルがありますから、十分海外でも成功できると思います。」--というようなお答えをしたと記憶している。

もう一つ海外プロジェクトに関連して出てきた質問は、(まあ昨今の時勢から見て当然の問題意識だろうが)「韓国企業や中国企業との競合はどの業界でも厳しさを増しているが、彼らの強みは何だと思うか?」との問いだった。私自身は、中国企業とはオフショア開発の形でつき合ったことがあるが、韓国企業とは一緒にやった経験がない。だから、自分の見聞きした範囲内で想像すると、という断りつきでこう申し上げた:

「韓国企業と我々とどこが違うのかは私も十分は承知していない。ウォン安円高のせいで彼らに価格競争力があるのだ、という意見があるが、もはやエンジニア・クラスでは時間単価にはほとんど違いがない(韓国の方が高かったりする)。だから、これは説明になっていないと思う。

もしどこかに差があるとすれば、それは“決断に要する時間が短い”ということかもしれない。彼らは我々より、物事を決めるスピードが速いように見受けられる。少し前に、中国系アメリカ人のコンサルタントに言われた言葉が、『日本企業はStep decisionができない』だった。つまり、すぱっと決断できない。ぐずぐず、ゆっくりとしか変われない。

リスク・マネジメントという概念は普及したが、いつの間にかそれは時間をかけてリスクを回避するためだけの方法論になっていて、リスク・テークするためのリスク・マネジメントはされていないように感じられる。そこが心配な点だ。」--と、こんな感じでお答えした。

なお、あえて話題には出さなかったが、昨年12月に、中東アブダビで2兆円を超す原子力発電所の競争入札があり、韓国勢が日米企業群やフランス勢をおさえて勝利したばかりだった。これを見れば、韓国企業は数年以内にかなり先端的な技術力・マネジメント力でも肩を並べてくるだろう。エンジニア・クラスの「能力」だけではもう差がつかなくなるのは必定である。

これに対して、中国企業は、まだプロジェクト・マネジメントの組織的能力の点で差があるように感じられる。個人個人の力量は、とくに優秀なクラスの技術者は、大したものだ(そして優秀な人材がまたいくらでもいるのである)。しかし、各人が自分のテリトリーの中だけで最大限、力を発揮しても、縦横がきちんとあっていなければプロジェクトは成立しない。この点が、『砂の民』と揶揄される中国人にとっての課題なのかもしれない。

とはいえ、今日、中国でプロジェクト・マネジメントの学科や専攻科を持つ大学・大学院は110校以上ある。これに対し、日本ではいまだわずか1大学のみ(千葉工業大学)である。このままでは、中国にも追いつき追い越される可能性がある。もっと日本の大学にも頑張ってもらいたいところである。

最後に、マトリクス型組織と人材育成に関する質問があった。ジェネラリストとしてのプロジェクト人材をどう育てるか、またそのモチベーションは、という問いかけである。プロジェクトに関する組織形態には、ファンクショナル組織・タスクフォース組織・マトリクス型組織の3種類があるのはよく知られている。エンジニアリング会社はそのうち、「強いマトリクス型組織」をとっている数少ない業界の一つであるから、こうした質問になったのだろう。質問された方は製造業系のIT企業だったので、こんな風にお答えした:

「強いマトリクス型組織というのは、固有技術を専門とした機能部門と、管理技術を主体としたプロジェクト部門という二つの柱を持っています。そして後者の部門は、プロマネ見習い・兼・雑用係であるところの『プロジェクト・エンジニア』という職種の人で成り立っています。彼らはジェネラリストですが、固有技術を全く知らない者が管理だけできるわけはない。だから、必ず一度は設計なり現場なり機能部門にローテーションして、専門性を磨くキャリア・パスを考えます。

それでも、プロジェクト・エンジニア全員がプロマネになれる訳でもありません。だから今、我々はプロジェクト・マネジメントという業務をもう少しWork Breakdownして、コスト・エンジニアリングだとかスケジュール・コントロールといった専門機能に分解し、それぞれ専門家を育成することも取り組んでいます。

そもそもマトリクス型組織は、理想的な点ばかりではありません。一人の人間に上司とプロマネの“二人のボス”ができてしまう。この二人が同じ意見ならokですが、見解が食い違ったら目も当てられません。そのとき、どちらの指示に従うか。私の勤務先をはじめ、エンジ会社というのはだいたい、『プロジェクトに最終的な責任を持つのはプロマネだから、その指示に従う』という風に行動します。自分の意見がプロマネと違っていたら、一応主張はするでしょう。しかしプロマネが「俺が責任とるから、右を向け」と言ったら、とにかく右を向く。これが基本的な態度です。

そういう意味では、私はプロジェクトを方向付け、成り立たせていく上で、従う側の『フォロアーシップ』が非常に大切だと思っています。よく、プロマネの『リーダーシップ』ばかりが強調されるきらいがありますが、私は『フォロアーシップ』との両輪がそろわないと、プロジェクト組織としては機能しないと思っています。製造業では一般に、機能部門長が非常に強い権限を持ちます。その中で『フォロアーシップ』をどう確保するかが、カギになるのではないでしょうか」--とまあ、言葉はこんなに流暢ではなかったかもしれないが、お話ししたように思う。

こう書くと私一人がしゃべっていたみたいに聞こえるが、各講演者とも非常に面白いお話が聞けて、その後の懇親会でもずいぶん勉強させていただいた。こうした業種を超えたイベントを持ち得ることこそ、日本のPMの世界の一番の強みなのではないだろうか。

読者諸賢! これがマネージャーの仕事だ(2010/01/27)

1月。誰もがおめでたい正月気分の残る中、マネージャーは多忙な仕事を始める。会社を出て、新年の得意先回りに出かけるのだ。本年もよろしくお願いします。昨年はお世話になり、とくに某の件ではいろいろご迷惑もおかけしましたが、今年は気を引き締めて進めますので、是非またよろしくお願いいたします。営業部員も同行するが、品質トラブルで嫌みを言われるのは技術屋の方だ。いずれにせよこの不況の中、一社でも顧客を逃したら今期の目標達成はあり得ない。もっとも訪問先の2人に1人は、業界の新年会に出かけていて不在だが。それでも名刺を置いてくるのが大事な仕事だ。

2月。昨年から続いていた仕事が製作段階に入って火を吹いた。基本設計にミスがあったのだ。誰が設計書をチェックしたんだ! と叫びたい声をぐっと飲み込む。後ろ向きのことを言っても仕方がない。部下の責任はいずれ自分の責任だ。とにかく人を追加する算段を考えなければならない。といっても人材は慢性的に不足している。別のジョブから引きはがして入れるしかあるまい。そうなるとあちらの納期に影響するが、その時は客先に頭を下げにいくしかないだろうな。

3月。年度決算の締めである。なんとか今期の数字は達成しないと自分のキャリアが危ない。下請けに繰り返し催促の電話を入れて、必要な機材をそろえる必要がある。とにかく31日の深夜12時までに出荷すれば売上は立つのだ。いざとなったら、出荷所の時計を11時55分に止めてでも、今期中の納品を達成したい。事業部内も大忙しなのに、加えて、今期の部下の人事評定をしなければならない。面談する暇さえないというのに。それより自分の評価が心配なのだが。

4月。新入社員が入ってくる。自分の部署にも久しぶりに配属がある。さて、ところで何をどう教育したものか。とにかく仕事の中身が5年前10年前とはすっかり変わっているのだ。今や仕事の大半は外注管理だ。しかし技術を知らないと上手な管理はできない。やはり一から設計を教えないとダメだろうな。とはいえ、その教育資料も作成しなくては。

5月。連休明けからようやくエンジンがフル回転しはじめる。去年の連休はシステム移行のトラブルで半分以上は出社だったが、今年は休めて良かった。ただし新規受注がさっぱりだ。展示会に力を入れて顧客を呼び込むしかあるまい。

6月。株主総会に続く組織改定の人事が気になる。でも自分の足下ではジョブの納期遅延が発生しそうだ。やはり2月に人を抜いたのがきいたらしい。おまけに海外の外注工程のトラブルで、納入されても使い物にならない。至急作り直させるか、あるいはこちらで引き取って改造するか。検討の結果引き取ることにしたが、また人を追加投入することになる。それでも足りずに、自分でも久しぶりに詳細設計書を書くハメになった。おお、でもまだ腕前は衰えていないな。

7月。トラブル解決に大勢の部下を投入したおかげで、新規受注活動に手が回らなくなった。このままでは上期の受注高を確保できない。仕方なく、自分が営業活動を手伝うことになる。しかし、そうなると外出や出張が増えて、ますます受注ジョブの遂行管理が手薄になるのだが、電子メールでなんとか報告を出させてしのぐしかない。

8月。・・・いや、もうよそう。この調子で1年書いてみても、たぶん同じパターンの繰り返しになる。トラブルの火消し→人の投入→新規活動の停滞→四半期毎の管理事務→チェックの手薄化→トラブルの発生、というダウン・スパイラルの繰り返しだ。マネージャー本人は、必死で働いている。たぶん、残業代のつく部下よりも、時間的にはずっと働いているかもしれない。ということは、マネージャーの時間単価は、じつは実務担当者よりもずっと安いのだろう。

だが、このマネージャーはマネジメントなど何もしていないことに注意してほしい。マネジメントとは何か? それは人を動かして目標を達成することだ。字義通り読めば、たしかに部下を動かして受注した仕事をこなしているから、マネジメントしていると言えるように思える。しかし、マネジメントの仕事とは、先読みと組織化とリスクテークにあるのだ。このマネージャーは、いつ仕事の、技術の、あるいは業界の先読みをしただろうか。ひたすら外的事象に追われて、それに対応していただけではないのか?

マネジメントの仕事とは、変化する内部外部の環境に応じて、能動的に、自分と部下達の目標を作ったり、仕事のやり方を変えたりすることにある。それはちょうど、動物における脳の機能のようなものだ。自分から動いて、食物を探してとったり、外敵を避けたり、より良い環境を目指して移動したりする。その推測や判断や指示をするために脳はある。受動的に環境に適応するだけなら植物と同じだ。植物には脳はいらない。だから外的事象に対応するだけなら、植物的マネージャーだということになる。草食系ですらない。

「トラブルの火消し→人の投入→」にはじまるダウン・スパイラルのかわりに、マネージャーが作るべきサイクルはどのようなものか。それは、「環境変化の先読み→仮説を立てて計画→受注ジョブは無事に進行→人を新規活動に投入できる→新しい仕事が増える→人が増やせる →自分が火消しに飛び回らずに済むので考える時間ができる→環境変化の先読み」・・・という上昇のスパイラルである。

むろん、上述のマネージャー氏にだって、同情すべき点が無いわけではない。人をぎりぎりまで減らされているのも、やたら外注せざるを得ないのも、海外サプライヤーをつかうのも、自分が決めたと言うより「コストダウン第一優先」の会社方針がさせた事なのだろう。これは近年の日本の製造業では広く見られる現象だ。

それでも、このマネージャーは「自分はマネジメントしている」ときっと信じているだろう。なぜか? だって、名刺にマネージャーだとか課長だとか、そう肩書きがあるじゃないか。中間管理職の仕事がマネジメントでないとすれば、いったい誰がマネジメントしているのか? 部長だって、事業部長だって、火消しと定期的管理事務と営業支援活動が仕事の殆どじゃないのか。いや、常務だって、社長だって、どこが違うというのだ。

そう。だとすれば、そもそもその会社にはマネジメントは存在していないのである。マネジメントが存在しなくても、会社はいちおう(しばらくは)存続していける。それが機能部門から成り立つ組織というものだ。「しばらく」というのは、つまり、外部環境に変化がない間は、という意味だ。あるいは、変化があったとしても、それまでの資産の貯えがあれば、累積損失が資産総額を上回らない間は、という意味である。なんだか業績が思わしくない、と思ってふたを開けてみたら、もう債務超過でした、という大企業の例を私たちはつい最近も見ている。その会社の人たちが働いてなかった、などという事はけっしてあり得ない。みな必死で働いていたのだ。だが、マネジメントが存在しない組織では、どんなに働いても、それはみな経済のエントロピーの中に消えていってしまうのである。

時間の中に生きる(2010/01/04)

久しぶりに、自著『時間管理術』を読み直してみた。古い友人から、「偶然手に取ってみたら案外面白かった」とメールをもらったからだ。そして、おかしなことだが、自分でも案外面白かった(笑)。この本を書いてから3年経つが、中心となるアイデアや技法は無論すべて覚えているものの、ストーリーづくりや話法はけっこう忘れていたからだ。まあ、本の著者なんて案外こんなものである。

自分が読んだら面白いだろうなと感じるような本を書きたい、といつも思っている。共著・編著を含めたら1ダース以上の本を出してきたが、うまく書けたかどうかは、時間をおいて読み直してみるとよく分かる。時間をはさむと、自分はいつも少しだけ他人になるからだ。

私たちは忘れる能力を持っている。嫌なことも、良いことも忘れていく。もちろん、私たちは記憶し続ける能力だって持ち合わせている。それがあるから、一人の人格として継続性を持ちうるのだ。もし一晩寝て起きるたびに、直近の過去のことを一切忘れていたら、私たちはアイデンティティ=自分が誰であるか、を持ち得ないだろう。そんなSFじみた世界では誰も、魂の不滅、なんて宗教的な問題は考えるまい。自分が誰なのか、考える手がかりもないのだから。記憶の連続性こそ私たちの自我の骨格を形作っている。まれに脳の損傷などで長期記憶をもてない人が医学的記録に出てくるが、こうした人も、若い頃の記憶だけは保っていて、だから人格として成立しているのである。

しかし、すべての出来事をずっと記憶し続ける能力があったら、どうなるか。便利だと思う反面、つらい体験や恥ずかしい失敗もすべてリアルに覚え続けているのは、かなり苦痛だろう。なにより、すべての過去が強弱なく同等にならんでいる心的世界では、個性や特徴も生まれてこないにちがいない。記憶の濃淡やめりはりがあって、はじめて意見や好みも出来上がるのである。記憶の濃淡とはつまり、大事なことを覚え、大事でないことは適度に忘れることを意味する。適度な記憶の連続性と、適度に忘れる能力。こうして私たちは自分をとりまく世界に構造や意味を与え、適応していく柔軟性を獲得するのだ。

『時間管理術』のエピローグでは、自分のキャリア・パスのスケジューリングについて悩む若い質問者を登場させた。仕事を続けてキャリアを磨きたい。しかし留学してもっと勉強もしてみたい。留学がキャリアの断絶を意味するなら、早いうちが良いのかもっと後が良いのか、という問いかけである。女性ならばさらに、出産や介護といった事象もキャリアの蓄積に対するリスクとなりうる(この部分の記述は、日経文庫の編集者が慎重を期して、周囲の女性に問題ないかどうかレビューをしてもらった)。

これに対して、タイム・マネジメントの解説役であるY氏(主人公S君の叔父で、引退したコンサルタント)は、こう答える。「それを決めるためには、仕事の面から見た人生の目標と、自分に与えられた時間や境遇の制約を考えなくてはなりません」--これは無論、タイム・マネジメントの一般的な方程式である。その“与えられた時間”をイメージするために、彼は『人生時計』を紹介する。

『人生時計』というのは、0歳の誕生が朝6時に相当し、10歳が朝の8時、20歳が午前10時という風に、10年を2時間刻みで換算した時計である。45歳が、人生の午後3時を示し、90歳で、深夜零時にいたる。1年が12分、1月が1分、12時間でほぼ1秒に相当する。今、自分の年齢が何時何分にあたるかを考え、引退までの時間の長さと、キャリア・パスを考えてみるのである。何十年もの時間を想像するのはむずかしいが、時計の文字盤ならばイメージがわく。そして1、2年のキャリア中断は、10分か20分ほど席を外す程度にしか相当しないのだから、あせらずに大局から計画を立てなさい、とY氏は説明するのである。

この人生時計は一応私の創案だが、似たようなことを考えた人は他にもいると思う。『時間管理術』を読んだ人から、「ギクリとしました」と感想をもらうこともあった。たいてい私たちは、こうした大局観を忘れているからである。なぜ忘れるのか。それは「忘れる能力」のためではない。実は忙しすぎて、考える時間がないからである。仕事も確かに大事だろうが、自分のキャリア・パスを考えることはもっとずっと重要なはずである。それなのに私たちは毎日、“緊急だが重要でないこと”に追われて、“緊急でないが重要なこと”を考えるゆとりをとれなくなっている。

時間管理術の最終的な目的は、考える時間を確保することにある。考えている時間とは、傍から見ると、「何もしていないように見える時間」である。現代社会にビルトインされている様々な“時間どろぼう”(ミヒャエル・エンデの小説「モモ」の登場人物)が、私たちの考える時間を、片端から奪っていってしまうのだ。

私たちは時々立ち止まって、手を休めて、考える必要がある。大事なことを記憶し、大事でないことは忘れて、頭を整理するための時間である。そういう意味のことを、「静寂の価値」でも、「睡眠時間の必要」でも、「エントロピーを下げる」でも、「パンのみに生きるにあらず」でも、私は本サイトで折にふれて繰り返してきたように思う。でも、もう一度書こう。私たちには、考える時間が必要なのだ。